微笑みの国の路上犬 (10)ポンさんの訓練所

微笑みの国の路上犬 (10)ポンさんの訓練所
(塀の向こう側の犬たち)

11月中旬のタイは雨も降らなくなり乾いた快適な気候だ。スノーとタイガーは、かつて我が愛犬達の訓練をしてくれたポンさんの訓練所に移った。ここで人間との生活をめざし、半年を目処に社会復帰の時期を過ごすことになる。

Kさんと私は病院の清算をすませ、病院のスタッフと協力して2匹をクレートに入れた。スノーは首輪をつけるのを怖がった。スノーの首に手を回した私の手に彼女はすばやく噛み付いた。やはり捕獲後にチョークチェーンをつけられた記憶が残って怖がっているようだ。私の運転で、2匹を車に積み込み、高速を一路ポンさんの訓練所を目指す。予定通り朝10時半頃に無事到着した。

ポンさんとご主人のジョーさん、スタッフの人たちが2匹を待っていてくれた。
17日間せまい病院で我慢した2匹を、フェンスに囲まれた芝土の広場に放す。Kさんと私の目に映った2匹は、土の匂いを懐かしみ、生き生きとした表情と動きを見せた。
Kさんの不安を吹き飛ばすような2匹の様子だ。『ああ、やっぱり広い自然がある場所が心が落ちつくのですね。』
ポンさんは『もともと長く生活していた土のある場所にいるほうが、建物の中にいるよりも警戒心が解けるのでしょう』

しばらく様子を見ると、スノーはさかんに腰をかがめてマーキングのおしっこをしている。タイガーはさほどではない。Kさんが言っていたとおり、塀の中でも体の小さなメスのスノーのほうがタイガーより上位のボスであったことを示す行動だ。
病院でもタイガーが寄ってきても威嚇して受け付けなかった。そのうち、スノーは広場の端の植栽の影に隠れてしまった。ポンさんは『スノーはアルファのようだから、決して気を休めない、タイガー以上に周囲に警戒し神経を使っていますね。少し時間がかかるかもしれませんが、人間に心を開くまでじっくりと様子をみてみましょう。』と言ってくれた。
ポンさんは、スノーとタイガーに危険な感染症がないと判明したこともあり、外側に隔離せずに済み、スタッフから眼が行き届く、しかも他の犬と混在しない、落ち着いたよい場所に2匹の小屋を設置してくれていた。

私たちは、2匹の様子にまだまだ未知数だけれど、ここでなら彼らも自然に心を開いて他の犬や人間との接し方を学ぶことができるだろうと確信した。

帰り道、Kさんは早くもタイガーたちが恋しくなってしまったらしい。私はKさんに『全寮制の学校に送り出す母の気持ちですね(笑)。大丈夫ですよね。彼らは社会に適応してこそ、人と幸せになれるのだから。見守りましょう。』と励ましあった。

犬の保護は自分たちの生活の中で自然にできる範囲を超えてしまうと維持が難しいのが事実。Kさんには大事な家族と愛犬たちがいる。そして私にも守るべき愛犬たちがいることを忘れてはならない。毎日会える距離だと、Kさんは絶対に出かけてしまうから、少し遠くにあずける位でちょうど良かったのかも知れない。

その夜、帰宅すると、我が家の犬たち、ALEXとダイちゃんは見知らぬ犬の匂いを感知してナーバスな様子。夜半真っ暗の中、ダイちゃんがまちがってALEXの寝床に寝ようとして、そこにボーンが隠してあったらしく、ケンカとなってしまった。
ALEXは寝室に、ダイは廊下で寝かせたら、ダイが外の犬の吠え声に反応して夜鳴き。困ったちゃん2匹の世話で私もほとんど眠れず朝になってしまった。

一方、Kさん宅も『昨日、我が家の犬クッキーも悪さしましたよ。このところタイガーやスノーの匂いをつけて帰ってばかりいたし、昨日は長い間待たされたのを怒ったのか、いけない場所で大量にオシッコしました。』

翌日、ポンさんに電話してみた。

「―昨日私達が帰ったあと、タイガーの首輪に鎖をつなぐことができましたか?」
ポンさんは『少し逃げたけど、首輪に手をつけてもかまないし、彼は人を受入れていますよ。ご飯は通常の分量食べました』

「スノーの様子はどうですか?」
『鎖を嫌がって鎖をカミカミして抵抗しますね。ハウスから出すと、マーキングをした後は、少ししか動きまわらず、割とじっとしています。ご飯も少し食べる量が少ないです』

「どんな生活リズムですか?」
『トイレを兼ね 朝30分、夕方30分運動させるほか、なるべくこの2匹は広場に出して自由にさせて様子を見ています。スノーは時間がかかると思いますが、それも時間の問題でしょう。タイガーはまったく問題なしです。』

翌週、Kさんはご主人にお願いして子供達と共に家族でスノーとタイガーを訪ねた。私は詳しい地図と説明を書いてメールしておいたのだが、迷路のような枝道をグルグルと迷いながら到着したらしい。

子供達は、スノーとタイガーが塀の中にいた当時からKさんと一緒にえさをあげたり様子を見にいったりして2匹とは顔なじみだった。今は塀の向こうではなく、そばに大きなタイガーが来れば小さな小学生にとっては迫力があるはず。
しかし、Kさんの撮った写真からは、子供にやさしいタイガーの甘えた表情が写し出されていた。

Kさんのご主人もKさんの犬の保護活動に理解を示してくれたようだ。ご家族は、人懐こいタイガーにすっかり魅了された様子だ。タイガーはKさんに心を開いている。帰るとき後追いをしたので、彼女もたまらなくなってしまったようだ。

2週間後の休みに、Kさんと私で2匹をたずねた。天気もよかったので、タイガーをシャンプーしてあげた。抵抗するような様子はまったくない。タイガーは人を上、自分が下という関係を、もともと犬同士の関係から学び身につけているように感じる。シャンプーしたタイガーの毛並みは光っていた。無駄な肉がない野性的な全身のバランスや短毛の美しさなど純血種でなくともタイドッグは魅力的である。

ところがスノーは長い時間外の広い空間にいると落ち着かないようだ。突然、近くの植木の葉っぱをバリバリとかじりはじめた。
ポンさんが言うには『ああやってパニックになると行動に出るのです。自分の落ち着く場所(小屋)に戻りたいようね』

動物病院でスノーに咬まれた後、念のため私は狂犬病注射を受けることになった。予防の場合3回接種だが、事後の場合は1ヶ月の間に全部で5回の接種が必要だ。注射をするたびスノーの顔が頭に浮かぶ。私にはまだスノーの心が見えない。すこしずつ薄皮をはぐように変化は見られるものの、頑固な自我が見え隠れする。スノーの表情がもっともっと和らぐ日まであと何日かかるだろう。N.O & K.A(続く)

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