【犬と暮らす家(10)】設計から儀式へ〜設計本格化

【犬と暮らす家(10)】設計から儀式へ〜設計本格化

いきなり土地が変わるという事態に陥り、それまでの計画は全て見直しになってしまいましたが、いよいよ「くーと暮らす旅人夫婦の家」の設計が始まりました。思う存分、色々な希望を具現化するための希望や条件をあげていきます。

建築家に設計を頼むという事は、私達からみれば「設計」だけでなく「施工監理」もお願いするものです。建築家と工務店はビジネスパートナーであっても同じ会計ではありません。工務店がきっちりした施工をしなければ、施主だけでなく自分の作品にも汚点がつく訳です。ここで「設計監理」に大きなメリットを私達は見いだしていました。

建築家の米村さんの設計の進め方は、まず意見交換からはじめます。そして具体的な予算を述べるのは当然で、そこから色々なプランを建築家主導で出していき、その反応をみながらプランを詰めていくとい方法だそうです。最初に施主側がこんな風にと図案を出す人も少なくないようですが、そうなると建築家の方もそれをベースに考える事になり、なぜプロにお願いするのかがぼやけてしまいます。可能性を全て自分から絶ってしまうようなものとも思えました。

私達は多くの人たちが間取りから入る所、まずは自分たちがどういう事をしてきたか、どういう人間なのかを、米村さんに伝えようと思いました。これまで色々な旅をしてきた写真や情報をまとめ、スクラップブックを作りました。私達を知ってもらい、その上で建築家のセンスをやアイデアを私たちの家づくりに生かしてもらいたいと思ったのです。

同じバックパッカーとしてアジアや中南米を旅した経験や、同世代で同年代を生きてきたという事から、近い価値観を持って私達がこれからどんな生活をしていきたいか、どんな空間があうのかという事を理解し、プランを生み出してくださると思ったからです。

その上で私達はどんな雰囲気の家がいいか、建築雑誌やウェブから切り出した写真も同時にスクラップしていきます。例えば黒い家がいいとか、外環はシンプルで中は木材いっぱいとか、短足犬のためにできる限りゆるやかな階段にしたいとか、くーと暮らすためには必要な車の置き場所であるビルトインガレージや、プライバシーを確保しつつ開放的な中庭ができれば欲しいとかいう事です。まず気持ちを伝える事が重要だと思ったのです。

素人である私達が考えられる事は、せいぜい間取りや色やトータルコーディネイトを無視したポイントによる希望ぐらいしか出てきません。構造やコスト、ちぐはぐにならないセンスはやはり建築家の経験とセンスとコンサル能力にかかってきます。私達はそれを期待したのです。

今回の土地では、前面道路が余裕で車が擦れ違える幅を持つ居住者しか通らない市道で、そこからおよそ2mの高さの擁壁の上が建築現場になります。我が家の車はSUVで車高が高めですが、ぎりぎりプレキャストコンクリート製の擁壁に埋め込まれたガレージに入ります。幅は3mあるので、気持ち運転席側に寄せると、くーの乗降もできる大きさです。当然ですが中古の構造物なので強度も診断してもらった結果、充分使えるという事でした。ただつなぎ目から雨水がにじみ、車体にかかる事があるようです。防水処理をすればこれも問題解決です。

また今回の大きなテーマである「短足犬のくーが無理なく昇り降りできる階段」という点から、家の中だけでなく、接道部分から土地までの2mの高低差をつなぐ階段も作り直しになります。他にも既設ガレージに横穴をあけてバイク置き場を作ろうなんて事も考えたのですが、最終的には2m上の土地まで持ち上げるための、階段の上に渡す丈夫なラダーレール設置をする事にしました。これなら普段はくーがドッグウォークのように昇り降りする事ができます。

当初床はコルクを第一希望としましたが、コスト高になるという事や、表面に汚れ防止や耐久性強化のためのウレタン塗装されている製品では意味がない事が現実的に見えてきました。使い捨てを考えるなら、必要な所に交換も簡単なコルクタイルを敷いた方がよいという結論でした。それならば普段裸足での生活が好きな私達は無垢のフローリングとし、それに滑りにくいワックスを施主自ら塗りこむという方法を選びました。

2階建てになる事から、それを繋ぐ部分は土地の大きさからスロープは現実的に無理なものでした。であれば踏板の奥行きを胴長短足のくーが立ち停まれる長さとし、加えて可能な限り蹴上高を低くしていきたいなど、具体的に希望を出した所もありました。

間取りとしてはこれまでのマンションでもほとんどLDK中心で過ごしてきた事から、生活の中心であるLDKをできるだけ大きく取り、あとは寝室と多目的な客間があればいい、という事が決まっていきました。物が多いのでウォークインクロゼットや棚などの収納、妻の希望でミシンを出しっぱなしにでき、パソコンも置けるワークスペースや、手作りで作っている石鹸を普段の生活の中やくーのシャンプーに使うために軟水機も入れたいという具体的な希望も、この時点でできる限り挙げました。

プライベート空間と日当たりを確保するためリビングは2F、私自身も料理をする立場からできればキッチンはカウンターかアイランド、妻が神戸の震災時に最も早く復旧したのは電機だったという経験や、ガスも何もかも電気で制御されているという現実から、オール電化のIHとエコキュートでというような感じです。

他にも細かい所ではくーの食料用冷凍庫の置場、ロフトという空間の設置や造作の風呂など、次々と希望や夢がどんどんと湧き出てきました。ただしこの時点では実際にどのぐらいのコストや経費がかかるか、あまり見えていなかったのです。

毎週のようにプランが提示され、それについて意見を交換していくという楽しい時間になりました。同じ土地の形でも、これだけ色々なアイデアが出てくるものなのかと、提示されるプランを見るとワクワクさせられました。このプランのここがいいとか、これはいや、という事を伝えていくのです。そこから次のプランが生まれてきて、それに対してまた意見交換をし、どまん中に近づけていくそうです。

基本設計といわれるフェイズにおいて、6世代目のプランでとうとうスタディ模型が提示されました。5つの模型の写真が送られてきた夜は興奮し、目が冴えて眠れなくなってしまったほどでした。

その模型を実際に見るために事務所へ伺うと、予想よりもちいさな模型が並んでいました。そのひとつひとつがとてもよく考えられており、玄関から土間に繋がり、そこから生活空間へという形が具体的に感じ取れます。この時点で採光や全体の形はあまり重要ではなく、あくまでイメージとはいえ家の形をなした模型をみると、いやがおうにもテンションがあがります。

その中に驚くプランがありました。階段室が独立して中庭をぐるっと囲み、1Fと2Fを繋いでいるものです。平面図ではそれはまったく意味がわかりませんでしたが、模型で立体的にみて初めて衝撃を受け、こんな構造で強度を保った木造住宅ができるのだろうかとさえ思いました。そして当然中庭ができるという事は外壁や窓が増えてコストがあがるはずです。

私達としては家にかけられる総予算を提示しただけで、その中で実現できそうなプランという前提で出して頂いていたのですが、実際は余裕値はそれぞれのプランで大きく差があったようです。構造上どうしても落とせない部分があるプランでは、他に回せる予算が減るのは当然です。

私達は検討の結果、この回廊プランをベースにと決めました。動線は重要視していません。外の門から2Fのリビングに到達するまで、中庭の外周を1周半まわりながら登り降りしなければなりません。一般的にみればありえない構造でしょう。それでもいいのです。

冷静に階段というものを考えてみると、階段自体は途中に踊り場を作りつつ1往復するような構造になるので、どこに配置しようともそれほどスペースの取り方は大きく変わらないはずです。効率重視ではなく、この家での生活自体を楽しみたいと思う私達にとって、動線を何よりも優先する気はありませんでした。中庭を眺めながら階段を昇り降りする事が楽しそうに思えたのです。

この構造で本当に予算内でおさまるのか不安でしたが、何とかなるのではないかという米村さんの言葉から、ゴーサインを決めました。

そしてこれまでの基本設計から実施設計フェイズに入り、今後原則大幅な方向転換はできません。なぜなら構造計算もかかわってくるため、柱の材質や強度、サッシの大きさや位置がかわる事で全てやり直しになるからです。私の本業でも仕様凍結というのはとても重要で。これがいい加減だとよい結果は出ないというのが判りました。ここからは細かい部分について進めていく事になります。

実施設計に入ると、立体の図面が加わりました。これまでの平面図では伺い知る事ができなかった壁の構造や窓の位置のページが、建物を輪切りにしたように増えていきます。外壁から見た外見図、階段の内側の壁が記載された図、中庭に配置される一部外部からみた図、リビングの内側の壁が表された図。これが東西南北の4辺から見たアングル分ありました。

素材についても詰められていきます。構造用合板や断熱材の型番、外壁や屋根の鋼板、フローリングの単価、住設機器の型番なども具体的になっていきました。

階段部分は外壁に囲まれます。内側の空間を少しでもより広くしたいという事から、外張り断熱構造が選ばれました。米村さんのこれまで見てきた作品ではなかった構造です。外壁素材は当初から私達が外見はシンプルモダンで、中は外から想像がつかない木いっぱいの空間で、という希望とコストから、ガルバリウム鋼板かリシン吹き付け、また一部に窒業系サイディングのウベボードなどが候補としてあげられました。それぞれのサンプルを見せてもらっても、なかなかイメージが沸きません。無知ながらも色々と材質材料選びを楽しみました。

土地が変わった事により、中庭を囲む階段のプランはアレンジされ、最終的な形が決まっていきました。擁壁部分に埋め込まれたプレキャストコンクリートのガレージに対し、躯体の重量がかからないような複雑な構造が採用されました。地下のバイクガレージもコストや強度の面から却下になり、水まわりを北側に集中させるため、アイランドも却下され、その分そのスペースに食器棚兼の配膳台を作ってもらうというアイデアを出し、採用されました。

吹き抜けも欲しいという希望は、1Fへの採光を考えた位置と幅に調整され、必要な手すりは木ではなくスリムなスチールを提案してもらいました。そして当然ですがくーが誤って落下しないように、床から50cmの高さは強化ガラスが入る事に。リビングの上に作られるロフトには、いわゆるはしごではなく、地域的に許可される常設階段を設置する方向で図面が作られていきました。

複雑な形になるため、米村さんの専門外である構造設計の部分は外部に委託。これによって柱などの建材の太さや位置や素材などが、複雑な構造計算システムにかけられ算出されていきます。

あっという間に土地の契約から3ヶ月がたち、実施設計書が完成。工務店に見積もりを依頼する段階まできました。米村さんとスタッフの方が書いた図面はざっと100ページ。ここから工務店は材料や施工にかかわる費用を算出し、土木屋、サッシ屋、板金屋、電機屋、左官屋、クロス屋などに図面が一気に流れます。

各業者は図面を元に見積もりを出し、施工を担当する和光建設(株)の栗原さんがとりまとめ、米村さんが施主の立場と工務店との間を調整し、総括して監理をしていくという体制が本当に機能していくフェイズに入ります。

和光建設株式会社

さて、初版の実施設計書による建築費用はいくらになるのでしょうか。結果が正直不安でなりませんでした。およそ1週間程度結果が出るのにかかるというので、まずは結果が出るのを待つしかありません。

心の底で、オーバー額は200万円程度におさまって欲しいと思っていましたが、どうなる事やら。正直不安でたまりませんでした。

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