小林信美の英国情報 (21)捨て犬問題を悪化させるネット上の「クラシファイド広告」

(21)捨て犬問題を悪化させるネット上の「クラシファイド広告」

英国では、ペットショップを通じて売買される犬猫の数が全体のわずか2%で、犬の愛護の観点からすると、生体販売は大きな問題ではないということを前回の記事で指摘した。今回は、捨て犬問題を悪化させる大きな原因のひとつとみられる、ネット上の「クラシファイド広告」に焦点をあててみたい。

環境問題が叫ばれている今、日本でも中古品の売買がさかんになっているようであるが、ここ英国では、市町村の掲示板や、コミュニティ紙などの広告欄を利用し、古着、自家用車、果ては不動産物件等を含む中古品、ペット、その他、ありとあらゆる物を仲介者を通さず、個人間で売買する慣習はかなり古くからある(注1)。さすが、ナポレオンやアダム・スミスが、商人の国(a nation of shopkeepers)と称しただけはある。ここで強調したいのは、この慣習は、日本人の「もったいない」精神とは全く違う文化的土壌で培われてきたということだ。これは、英国社会、特に消費に関し博士論文の題材として長年に渡り研究してきた私の見解であるが、英国庶民の多くは、購入した際のコストを回収すべく、捨てる前に買い手がいないかを探す傾向にあるようだ。そして、買い手の方は、少しでも安くなるのなら、傷物や、新品でなくとも用が足せればよいというような考えで、中古品を選ぶようである。もちろん、ここでは、古くなっても価値が上がるクラシックカーや住宅などの話をしているわけではない。貧富の差が激しく、一般的に庶民の平均所得レベルが低いここ英国では、安かろう悪かろう、それでも安ければ仕方がないだろうと受け入れるのが、庶民の消費に関する基本的な考え方とみてよい。そういうわけで、安価で高品質な商品を求め、さらにそれを手に入れることが可能である日本の消費文化とは、かなり違うということを認識しておく必要がある。特に、英国では教育格差の問題が深刻で、一般常識に欠けるために詐欺にあう人も多い。これに加え、 銀行、カード会社、電力・ガス会社、スーパーマーケットなどによる、消費者の一般常識(読み書きや計算)の欠如につけこんだ商売が一般に受け入れられている国でもあるので(注2)、日本の状況と比較することは、かなり難しいと言えよう。

さて、話は脇道にそれたが、ペットショップにおける生体販売の一番の問題は、生きものである犬を、その健康や幸せを考えずにモノのように扱うことであろう。売り物であるから、売れるまではそれなりに丁寧に扱われるが、売れてしまえば後のことはどうでもよいのである。この観点から、生体展示をしていなくとも、ネット上のペットショップも普通のペットショップと変わりはない。これに加え, ネットを利用してのペットの売買は、取引相手と直接会って確認することができないうえに、商品を実際に手に取ってみることができないため、普通のペットショップよりもさらにやっかいだといえる。

英国でネットを使い子犬を買う際、遭遇するであろうと思われる問題を示すよい例として、2015年10月14日(水)から掲載されているパグの子犬の広告をここで紹介したい。これは、2000年に英国で始められたGumtreeというクラシファイド広告のサイトにあったもので(https://www.gumtree.com/p/dogs/pug-puppies-looking-for-a-new-home/1136391520 : 10月17日(土)にアクセス)。以下がこの広告をコピーしたものである。

・Pug puppies looking for a new home
Seven Sisters, London £800.00

 

Posted : 3 days ago
Date of birth : 03 Sep 2015
Ready for rehome : 29 Oct 2015

Description

We are proud to announce the arrival of 5 gorgeous pug puppies.Mum,Katy is our beloved pet since baby,and she has been proved to be a very good mum.She’s not KC reg,therefore pups won’t be.There are 4 beautiful boys and a gorgeous little girl in the litter.Puppies already have been introduced to Royal canine solid food(soaked and smashed in puppy milk)they are very playful,raised in our busy family home with children and other dogs.
All our pups will come with they first vaccine,wormed regularly every two week,and health checked 2 months free insurance with petplan, kennel cough vaccine and later on 2. Vaccine.
They will be ready to go to they new forever homes from 29th of Oct.
Viewings are welcome any time,deposit £200 to secure the pups.
No time wasters,only serious buyers please!!!

この広告が目に留まった理由として、母犬も子犬も英ケンネルクラブ(KC)に登録されていないことが、まず挙げられる。さらに、偏見と非難されるかも知れないが、ブリーダーの住所がロンドンでも特に貧しいといわれる北東部の地区の一角(Tottenham)にあるというのも注目すべき点である。そして、広告の文章にかなりの文法上の間違いがみられることも、ブリーダーがそれほど高いレベルの教育を受けた人でないということを明らかにするものである。これらの点から、この広告は、生きものである犬を繁殖するという意味を全く理解していない、営利目的中心のブリーダーによるものではないかという推測がたてられる。例えば、子犬一頭あたり800ポンド(1ポンド180円で換算すると、14万4千円)という価格だが、それを5頭売れば、計4,000ポンドというのは、英国の最低賃金の1時間6ポンド70ペンスで4ヶ月働いたのと同じほぼ同じ額である。もちろん、繁殖にある程度の労力と子犬の予防接種等の費用はかかるが、スーパーのレジで一日7時間、週5日間、4ヶ月の間、毎日勤務するのと比べれば、はるかに効率がよいと思われる。

さて、このブリーダー、子犬の予防接種や回虫駆除などを行っているのだが、犬の健康を保証するという意味で有益なケンネルクラブへの登録はしていない。これには、一頭あたり16ポンド(2880円)とある程度の費用がかかるということも、その理由のひとつであろうが、登録にあたり、さまざまな条件が課されるのが、もっと大きな要因ではないかと思われる。例えば「これまで4回以上妊娠したことのある母犬からの子犬は登録できない」「8歳以上の母親からは繁殖できない」(注3)など、かなり厳しいものであり、繁殖をただのビジネスとして行っているのであれば、このような条件を全てみたさなければならないのは、よけいなコストがかかり、面倒である。そういうことから、ここであえて登録をしていないということは、このブリーダーが、母犬や子犬の健康管理やその幸せにあまり興味を示していないことを象徴しているとみてよいだろう。

このパグの広告は、氷山の一角で、営利目的のブリーダーや、犬を生きものであることを理解せずに買ってしまい、出産や仕事の関係で面倒が見られなくなったからという単純な理由から愛犬を売りに出している飼い主の数には、驚くべきものがある。このように、ネットを使ったクラシファイド広告は、個人で犬を繁殖する売り手(ブリーダー)に買い手を見つける手段(市場)を簡単に提供するという意味で、資本なくしては営業を始められないペットショップ以上に問題が大きいということで、動物保護団体などの非難の的となっているのである。

今年始めにスコットランドのエア駅で見つかったシャーペイのカイは、そんな状況を顕著に表す一例であろう(注4)。生後すぐに体内に埋め込まれたマイクロチップから、ブリーダーの身元は確認されたが、ネット上のクラシファイド広告を通じて見つかった買い手(現在の飼い主)は、未だにどこの誰ともわかっていないという。その後、レスキュー団体に保護され、飼い主が置いていったとみられるカイの「所持品」が入ったトランクの横で、愁いを帯びた表情でお座わりをしている写真(写真1)が一般に公開されると、カイの境遇に同情した人々から2500ポンド以上(1ポンド180円程度)にものぼる寄付金が送られてきたという。しかしながら、多額の寄付金も、生き物であるカイをまるでモノのように売り買いできる「市場」を提供したクラシファイド広告の存在、さらにカイをモノのように扱い、売ってしまった後のことはおかまいなしのブリーダー、そして、カイをいらなくなったからとモノのように捨てた飼い主を変えることはできないのである。

(写真1) http://i100.independent.co.uk/article/because-we-need-a-nice-story-like-this–l1yI9VItql

自由市場主義を基本とする世界経済において、上記のようなブリーダーや飼い主の行動を処罰する方法はない。悲しいかな、動物愛護の先進国と思われているここ英国でも状況は変わりなく、罪のない犬たちが、人間のお金儲けのために残酷な扱いを受け、さらに、このような状況を是正するすべはないのである(注5)。

参考資料 :

注1 : 例:Allerston, Patricia. “Reconstructing the Second-Hand Clothes Trade in Sixteenth and Seventeenth Century Venice.” Costume 33 (1999): 46-56.
注2 : http://www.bbc.co.uk/news/technology-22772321
注3 : http://www.thekennelclub.org.uk/registration/registering-your-pedigree-dog-litter/litter-registration-faqs/
注4 : http://www.peta.org.uk/blog/abandoned-dog-kai-never-buy-sell-animal-online/
注5 : http://www.petforums.co.uk/threads/is-it-wrong-to-buy-a-dog-from-gumtree-preloved-etc.277345/
https://www.gov.uk/guidance/animal-welfare-legislation-protecting-pets
http://paag.org.uk/news/

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