家庭犬ジェシーに贈る賛歌

家庭犬ジェシーに贈る賛歌

飼い主さんが、直にジェシーとの思い出を語れるようになるまで、素晴らしい家庭犬をLIVING-WITH-DOGSからご紹介させていただきます。

ジェシーは結婚したばかりの若いご夫婦の家にきました。奥さんは専業主婦として家にいましたが、子供に恵まれず、毎日がストレスの日々だったそうです。そんなとき、デパートのペット売場で出会った犬、大型犬のゴールデンリトリバーの女の子でした。ジェシーです。

子犬のやんちゃぶりはどこの犬も一緒です。ご夫妻は、ジェシーにしつけを入れようと訓練所に預けましたが、ジェシーのいない日々はとても寂しく訓練所から早々に戻し、自分たちでジェシーのしつけを入れようと努力しました。幼いジェシーはパパとママからの暖かい愛情に包まれ育ったのです。

そのご夫妻にお子さんが出来ました。女の子でした。

ジェシーは、その女の子(Aちゃん)のお守りがお仕事となったのです。Aちゃんは、赤ちゃんの時からジェシーに守られて育ちました。ある時、ボールが手からおち、道路に行ってしまいました。ジェシーは繋がれていたリードをふりほどき、Aちゃんに身体で当たって、道路に行こうとするのを防いだことがあったそうです。

お散歩はママとバギーに乗ったAちゃん、そしてジェシーです。マーケットでは、バギーに繋がれて、Aちゃんとママが戻るのをじっと待っています。私は待っているジェシーに声をかけましたが、ただマーケットの入り口を一心に見つめていました。ママが戻ってはじめて私に親愛の動作をしてくれたのです。これには驚きでした。我が家の犬トレーシーも一緒でしたが、普段はジェシーは幼いトレーシーにおなかを広げて遊んでくれるような犬でした。知っている人にも、仲良しの犬にもまったく目をやらずただひたすら入り口に注目しているのです。

毎朝、また週末は必ずと言っていいほどお散歩で会い、雨が降ったら、トレーシーのお散歩不足の解消をジェシーに付き合って貰い、ジェシーの家の前で犬同士の付き合い方を教えて貰ったりしました。
ジェシーは年下の犬に対してはおなかを広げて遊んでくれたり、いけないときは首を咬んだりとたくさんのことを教えてくれました。トレーシーは48日で親元を離れ充分に社会化しないまま我が家に来ましたのでジェシーとの出会いは、まるでほんとの親子姉妹のように色々と教えてくれたのです。私達は犬に犬同士の付き合い方を教えることは出来ません。犬のことは犬でしか判らないということもあるのです。

そんな生活の中で、二人目のお子さんが産まれました。Fちゃんです。ジェシーは、二人のお守りが仕事となりました。

ご夫妻は、お子さんが産まれるたびにジェシーに対して、ジェシーとの時間が少なくなってしまうことを申し訳なく思っていました。人の子供は育つまでに大変な手間と時間がかかります。ジェシーは、だんだん少なくなっていく「ジェシーおいで」という言葉を、ひたすら楽しみに、パパとママに誉めて貰いたいと、謙虚に呼んでくれるのを待っていました。ご夫妻はジェシーへのすまないという思いと、ジェシーの存在が子供達の動物を慈しむ教育の一つになってくれればと考えていました。家の中での暮らしは、ジェシーは厳しくしつけられました。小さな子供達との暮らしには当然の事だからです。

そのしつけは素晴らしいものでした。決して人の前には出ない。小さな子供がジェシーのリードを持ってお散歩しても、ジェシーは引っ張るどころか、横で子供をリードし子供達の安全に目を配っているのです。ジェシーは子供達から決して目を離しませんでした。

ある時、Aちゃんとママとジェシーで訪ねたお宅にAちゃんだけ置いてママとジェシーはお買い物に行こうとしました。ジェシーは、Aちゃんが家の中にいるので動こうとはしませんでした。

そして、3人目のお子さんが家族になった2000年春、ジェシーの身体が癌におかされていることが判ったのです。

私は、そんな風の便りを聞き、ジェシーのお見舞いに行きました。ジェシーの目は宙を泳ぎ、全く見えないようでした。歩くのもやっとの状態です。トイレはかろうじて、家の前の道でします。煉瓦の縁が濡れているのです。このような状態になってからはジェシーのトイレはここになってしまったそうです。
トレーシーは、ジェシーに迫っている死を確実に感じ取ったのでしょうか。ジェシーのママへの挨拶は相変わらずでしたが、犬同士はお愛想なんてないんですね。以前だったら、尻尾を振ってご挨拶をしますが、全く無視をしています。あの大好きなジェシーに対してのトレーシーの態度には何とも符に落ちない思いでした。

ジェシーのパパは、ジェシーに普段と変わらない、「ジェシー行くぞ!」の声をかけて毎日を暮らしたそうです。ジェシーはその言葉を聞くと元気になれたのでしょう。

6月2日、今日、私はジェシーの家に行ってきました。とは言っても玄関にお花を置いてきただけです。

毎日、お散歩でジェシーの家の前のおしっこの跡を見て、まだ大丈夫、まだ元気なはずと願っていましたが、自分の中でもうそろそろ、ジェシーの死を確認しなくてはいけないと思い、行ってみたのです。そのあと、ジェシーのママから電話が来ました。

ジェシーは4月24日の午前中になくなったそうです。

私達がお見舞い訪問した翌日、ジェシーのパパは、ジェシーの身体をきれいにし、ブラシをかけたそうです。シャンプーの出来る体力はなくなってましたから。ジェシーは大好きなパパにブラシをかけて貰い、幸せそうにうっとりとし尻尾を振ったそうです。

24日の月曜日はジェシーのパパが10日ぶりに会社を休める日だったそうです。その時を待って逝きました。その日の朝のジェシーはすべての家族を鼻で確認するようなしぐさをして、いつものように外で待つと言い、屋上に登りました。座れのコマンドを使った時の誇らしい顔で座りみんなを送りました。ほんのわずかな外出の間に屋上で横になり目は遠い青空を仰ぎ冷たくなっていたそうです。

ジェシーは二人の子供を育て、愛する両親に誉められることを生き甲斐にして仕事を全うした素晴らしいワーキングドッグでした。ジェシーはまるで自分の子供のように二人の子供達の面倒をみたのです。
ジェシーの愛はたくさんの人に幸せを与えそして何も求めない愛でした。このような素晴らしい犬はなかなかいません。そしてそこまでの犬に育てた飼い主さんもそうはいないでしょう。
ご夫妻は、「死ぬときはもっと我が儘を言って欲しかった。そして腕の中で逝って欲しかった」と語りました。どこまでもジェシーは人を煩わせない謙虚な犬でした。ジェシーらしい亡くなり方、10才を目前にして亡くなりました。

ジェシーのママは、もしも町でお散歩友達とあっても犬に触われないと言ってました。ジェシーの冷たくなった身体をご夫妻でずっとなでていた感触がなくなって欲しくないからと。ご夫妻は冷たくなったジェシーを間にして二人でお酒を飲んだそうです。二人だけでジェシーのお葬式をしました。
いつか子供が手を放れた時、ジェシーと夫婦だけで旅行に行きたいと言っていましたが、犬の寿命はどう考えても人より早いのです。果たせないままジェシーを逝かせてしまったという悔いが、ご夫妻の中にあったのでしょう。ジェシーを失った悲しみは超えられないと。私達には立派すぎる犬だったと。我慢ばかりさせてしまい申し訳なかったと。出てくる言葉は自分達を責めるような事ばかりです。

ジェシーは不幸だった? そんなことはありません。ジェシーはこの最愛のご両親に出会って最高に幸せな犬でした。いつも感謝されながら仕事をまっとうした犬、子供達を見る目は活き活きとしていました。仕事を持つ犬は仕事をすることが楽しいのです。それがジェシーです。そして二人のお子さん達ののびのびとした優しい性格はジェシーとの暮らしで身についたものでしょう。

この町でジェシーを知る犬の飼い主はジェシーに最大の賛辞を贈る事でしょう。
「素晴らしい家庭犬! 素晴らしいワーキングドッグ!」と。

そして、トレーシーの大好きなお姉ちゃんへ「ありがとう。惜しみない愛を! さようならジェシー」
飼い主さんの哀しみが少しでも癒えることを祈りつつ(2000/06/06)(LIVING-WITH-DOGS)

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