天国のチビへ

天国のチビへ

[心に残る犬との思い出]

子供の頃から一緒に暮らした犬、結婚も連れ子で一緒にお嫁に、ほんとうに幸せなチビちゃんでした。でも最後を看取れなかったことを悔やんでいる飼い主さん。いいえ、チビちゃんは、「もう大丈夫、お姉ちゃんには頼れるパートナーが出来たし、それに赤ちゃんが産まれるじゃない。安心してるよ。いつまでも見守っているからね。元気な赤ちゃん産んでね。」と言っているように思います。(2004/11/11)(LIVING WITH DOGS)


私が愛犬チビと出会ったのは小学5年生の時でした。保健所行きかもしれない犬を母にせがんで飼ってもらいました。我が家は10ヶ月前に初代チビを天国に送ったばかりで、また根っからの犬好きのため、ほおっておけなかったからです。父はこの犬を見て「雑種に白足袋、よつ目眉、縁起の悪い不細工犬や」と言ってました。

2代目チビは飼い始めた時からいやしい性格で餌をあげてるときに手を出すと噛む癖がありました。ある日チビが食事中、父が触ったので噛もうとしました。父は「あほ犬、恩を忘れて」とまだ子供のチビを本で何回か叩きました。それからチビはまだ子犬なのに父にだけには、ませた偽愛想をするようになりました。でも、偽愛想のチビがとても愛らしいです。本当は父は犬好きでしたが。
小学校の時はチビの世話は、餌やりも散歩もすべて私がしてました。朝は隣町までチビは小振りでしたから、前かごに乗せ広い公園まで連れていきました。
私が中学生になると、母が大半世話をしていました。でも休みの日はいつも一緒に連れまわしてかわいい妹分でした。チビは母が世話しても懐かず、いつも私の帰りを玄関で待っていてくれました。
チビの性格は、私には従順でしたが寂しがりで怖がり。犬嫌いで猫好き。怖がりのせいか近所のおばちゃんと家族以外の人には噛む癖がありました。

月日は流れて私も27歳になり結婚することになりました。寂しがりやのチビなので獣医さんに相談して、ペット可のアパートで犬共々関西から九州にお嫁入りしたのです。
チビと私の第二の人生が始まりました。私は専業主婦なのでずっとチビと一緒でした。老犬チビは一層甘えん坊になり寝てばかりでしたが寝顔はとてもかわいかったのです。
新しい生活から半年後、私は体調をくずし3週間入院しました。チビは主人とお留守番。主人がチビの世話してくれました。チビは、主人が家に帰ると玄関まで迎えにいくのですが、その後、私が帰ってくると思って、ごはんをあげるまで玄関にいたそうです。やっと退院しましたが、まだ体調は快復せず、7月から関西にチビ共々里帰りして療養してました。チビは片時も私のベッドの側を離れませんでした。9月末まだ体調はすぐれませんでしたが、いったん九州に帰ることとなり、チビは九州まで連れて帰るのも遠距離で老犬には負担と思い、一ヶ月間だけチビを実家に預ける事にしました。チビにとっても故郷だし大好きな猫もいるし、それに元気だし(心臓の薬は続けていますが良好でしたので)安心して預けました。チビは玄関まで見送ってくれましたが、ちょっと悲しい表情をしてました。

母との電話では、いつも「チビは元気」の一言でした。しかしチビと離れて3週間後、チビが死んだとの連絡です。頭が真っ白になりました。あと一週間で会えると信じていたのに。4日前から体調崩して食事もしなかったそうです。獣医さんによると老衰とのこと。母は私の体調を心配して内緒にしていたようです。
「最期まで面倒みると約束してたのに、黙って逝くなんて」チビはどんな気持ちで天国に逝ったのだろう。3週間ぶりのチビは痩せていました。「ごめんね」悔やんでも悔やみきれません。毎日、位牌、遺骨の前にごはんを置いても食べてくれない。「ねえチビ、神戸、京都、大阪、奈良、熊本あちこち一緒に行ったよね。幸せだった?私はチビと出会えて幸せだったよ」
私は来年の3月出産します。チビは私に「生まれる赤ちゃんに専念してね」と赤ちゃんに立場を譲ってくれたのかな、父はチビを親孝行犬と言ってくれました。
チビ、本当にありがとう。そして最後を看取れなくてごめんなさい。いつか私が天国にいったら迎えに来てね。そして天国でかわいがられてね。いつでも夢の中に会いに来てね。

(2004/11/11)(宮崎県、M.Sさん)

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