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 ▼コロが逝ってしまった  コロ姉 05/1/31(月) 10:05
   ┣Re:コロが逝ってしまった  ロクシーのママ 05/1/31(月) 11:23
   ┃  ┗Re:コロが逝ってしまった  コロ姉 05/1/31(月) 12:34
   ┗Re:コロが逝ってしまった  コロママ 05/2/3(木) 22:40
      ┗Re:コロが逝ってしまった  コロ姉 05/2/4(金) 8:13

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 ■題名 : コロが逝ってしまった
 ■名前 : コロ姉
 ■日付 : 05/1/31(月) 10:05
 ■Web : http://www.geocities.jp/c33gtr/
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    「老犬との暮らし」でもガンの発症から経過をカキコミさせて頂いていました。
 「安楽死」に関する掲示板でもカキコミしました。
 読んでいただいていた方もいらっしゃるかもしれませんが経過をご報告。
 実家で飼っているミックスのコロ、一昨年11月に口(頬部分)に赤いふくらみが出来て、それ以前に前足首付近にも腫れができ、それは老犬によくある脂肪腫でそう心配のある物ではないと診断されていました。
 それからしばらくして頬の腫れに気付きまた足のようなものだろうと思いながら獣医さんに報告診断、腺ガンと診断されました。口の中側にはボコボコしたもの確認して母は帰宅。かなりショックだったようです。
 それ以前にも原因不明の食道の機能障害で大変な思いをし、最終的には安楽死を決めた事もありましたが、そう決めた夜どうせなら好きな物を食べさせようと食べさせた所何事もなかったように回復したという事がありました。
 それまでは本当に苦しみ、食道が機能しない為、食べた物がいつまでも食道にあり、その下に心臓があるので圧迫して苦しくなりニトロを使う場面もあったそうです。何度実家へ駆けつけた事か・・・。
 それもあの阪神大震災を乗り越えた後の事、なぜこんな事ばかりと嘆いてしまいました。
 そんな苦難を乗り越え穏やかにもう一匹のワンコを暮らして、私にも娘が出来て楽しく過ごしていた時に「がん」の発症。
 11月に分かり、年内どうなのだろうと気がかりでなりませんでした、食道の病の時も年末年始にかかりお正月どころではありませんでした、その記憶がよみがえったのです。
 年齢も12歳でしたし、いつどうなってもという気持ちとなんとか頑張って欲しいという気持ちでした。
 「ガン」とわかり治療法は特に何もせず、症状を軽く痛みを少し楽に、進行を少し抑える、ゆるいお薬のみでした。手術でとるという事や放射線治療などは一切なし。足にしても口にしても手術をすればその機能は失われるとの事でしたから、獣医さんも母もその治療方針で合意。
 私ももちろん賛成しました。診断から5ヶ月を過ぎた春、たまたま私が娘と、私も自宅でワンコを飼っているのですがその子を連れて泊まり肉事がありました。
 その向かっている道中、足首の腫れがもともとパンパンだったのですが、掻いたのか、噛んだのか・・大出血してしまったのです。
 じっとすれば止血する時もありますが、食べたりして循環がよくなるとまた出血、動いたりするとまた出血、場所が足首だけによく動かす場所なのでピューを吹き出す事もありました。バスタオルなどひいていましたが足りず主人に自宅から持って来てもらえるように頼んだりもしました。
 やはりしんどいのでそれまで食欲で支えられてきたような所があったのですが、食事ができなくなってしまいました。そのせいで貧血状態になり獣医さんに経過報告したら思っていた通り、あと2,3日でしょうと言われました、もちろんそういう答えだろうとも思っていました、母と泣いてしまいました。
 母も仕事をしていました、いつ終わるか分からない状態なので休む訳にもいかず、私は主婦だけだししばらく実家に娘を愛犬と暮らしました、よく主人が理解してくれたと感謝しています。
 少しでも食べれるならとフードをやったり、栄養をつけるようにミルクなどあげたり、足がそんな状態なのでお散歩は無理なので庭に出してやったりできるだけの事はしようと頑張りました。次第に食べれるようになりそれから1ヶ月後私は少し心配ながら自宅に戻る事が出来たのです、スゴイ生命力だなと思いました。本当に食欲も戻りました。
 しかしまだ気候の良い時期、これから暑くなる夏は乗り越えられないだろう・・毎年夏主人が出張になるので泊まりに来ていましたからこの夏は一緒には過ごせないかなと思いました。そうこうしているといつからだったか頬の腫れもパンパンになりとうとう足のように破裂してしまいました。自分の爪などでひっかいてしまったのでしょう・・それから見る見るうちにヒドイ状態になりました。よく母が「トマトの輪切り」のようだとワンコ仲間に言っていましたが、本当にそのような感じです。季節も移り暑い夏になりいくらクーラーをかけていてもガンの進行と共に腐敗もしていて虫が来るようにもなったと。ですがなんとか去年の夏も一緒に過ごす事ができました。暑い夏を越し、少し過ごしやすくなった秋、同じような経過で時々心配になる事もありましたが、春の大出血以外「食欲」が落ちる事はありませんでした、それは本当にものすごい「食欲」=「生命力」だったように思います。
 なのでこの子の「食欲」が落ち無くなってしまう時がきっと最期が近いんだなと話していました。実際、もう1匹のワンコや私の愛犬などよりもものスゴイすさまじい「食に対する欲求」でしたから・・。
 そしてまた食道の病気を思い出させる年末の時期、私達は毎年年末年始にスキーへ行くので愛犬を頼みに実家へ行きます。何とか頑張ってくれているので安心してスキーへも出掛けました。
 そして年を明け今年1月になり、変わらぬ食欲に呆気にとられる事もありました、もちろんとても急いで食べますし歯も辛いだろうとフードはふやかしてあげていましたが、本当に掃除機が吸い込むように、本当に病気を抱えているのだろうかと思うほどの勢いで食べてしまいます。そのフードには発症からずっと進行を抑える薬をかけてきました、もちろん即効性もなく効き目も緩やかだし、そんなものがのっている事など気にもしないで食べていました。
 大阪には1月10日に十日戎があり今年も実家近くにある戎神社に行き帰りに寄りました。なんとか頑張っているなぁと思い、また今月21〜23は実家近くで用事もあり実家にて2泊する事が出来ました。
 そして23日の日曜名残惜しいけど自宅に戻った翌日からなんとなく食欲はあるけど進まないような、息づかいもしんどそうだと母からメールがあり心配していました、なんとか食べれるといった感じだと。
 仕事にいっているので帰宅の瞬間がとても心配でしかたない母、なんとか実家に行ってやりたいとも思うけどもちろん主人や娘もいますし我が家にもワンコがいます、そうそう身動きもとれず辛い思いで過ごしました、毎週木曜は母の休みの日でもう1匹のワンコの散歩以外外出しなかったようです。その日も、また翌金曜も食欲は多少あるように見えても実際自分では食べれない・・そういう感じでスプーンでやるといつもの3分の1は食べたとか・・。金曜は仕事をしていても気が気じゃなかったようで、私も自宅に居ても気になって仕方ないので暖かだったので少し遠出して買い物に行きました。
 母も私もなんとか今までそんな傷を抱え頑張って来たのだからせめて最期は苦しまず、眠るように逝ってくれればと、母も仕事があるのでもちろん会えないかもしれないと、日々覚悟しながら出勤していた事でしょう、私もすぐ駆けつけられる距離ではないので、できれば楽に、そしてできるなら母もいる時にとただそれを願っていました、祈っていました。
 そして29日土曜です。夜から様子がおかしかったとの事、ウロウロして息づかいも辛そうで、夜中我慢できずにかおしっこをおもらししたり、どすい黒い物を吐いたそうです、なんとなく嫌な予感がして、それにそこまでなコロをおいては仕事に出れないと初めて休暇を取りました、それを聞き私もどうしたものかと悩みました、土曜日なので主人は仕事は速い、待って共に行こうか、どうしようかと。
 でも主人は娘と電車で先に行けばと言ってくれて、荷物を家に用意しておき先に行きました。昼前に着きなんとかまだ頑張って待っていてくれたように思います。
 なんだか辛そうで涙がこみ上げてきました。母とずっと側で、「もういいよ、頑張ったもんね、有難う・・」そういう言葉を繰り返し話していました。その日は全く何も食べなかったそうです。大好きなハムやチーズさえ・・唯一お水だけは口も渇くのでしょう、着いてから3,4度水入れを持って飲ませてやる事もできました。
 お昼が過ぎ1時2時・・ゆっくり時間が過ぎて、母も寝ていないのかちょっとウトウトして・・娘と遊びながら時間が過ぎて行きました。
 側に居すぎてもゆっくり眠りたいのに話し声に耳や目を反応させてくれるので隣の部屋にいる事にしました。
 その時、庭に猫がやって来て、もう1匹のワンコがものすごい声で吠えたのです・・毎回の事ではありますが・・・。
 その時に違う部屋に居たコロがやって来たのかそこの部屋にいたのかは分かりませんが、猫に吠えているもう1匹を見て立っていました。
 その瞬間どす黒い物を吐いて私はそれを初めて見たので少し驚きつつ母に「また黒いの吐いたよ!」と言いました。でもその時コロはちゃんと立っていたように思います、また吐きそうな体勢に見えた時母が偶然近寄って・・なんとなくふらついている様子だったのでしょう、滑るような所でもないのに母の腕の中へ滑るように倒れ込みました。
 その時にはもう・・・・吐いた勢いで目が開いたまま、舌が出てしまったまま・・・さっきまでの肩で息をするようでもなく、体が動きません。見るとなんとか水分は取っていたのでおしっこが出ていました。
 そこはフローリングも多いのそのままにはできないといつもの寝床へ移動させて置きました、まだ何か吐くのかなというような感じの口元でしたが後から思えばけいれんしていたのかもしれません。
 何か全てアッという間でその瞬間は分からなかったそんな感じですがうめき声もなく苦します、一瞬の事だったと思います、母も休みで、私や娘も間に合い、良かったのかなとそれだけが救いです。
 あとは私にも、母にももう1匹ずつワンコがいます、その子達の為にも踏ん張らなくては・・コロも心配する事でしょう。でも本当にアッという間過ぎて、一晩共にいて翌朝お迎えでしたが、眠っているようにしか思えませんでした、嘘のようにしか思えません。
 その瞬間から獣医さんへ報告したり、調べて置いた霊園に連絡したり、一連の事が済み落ちついた時また辛さがこみ上げてきました、でももう1匹残された子の為にも出来る限り普通に勤めるしかありません、時間になり普通に散歩へ行っていました。私はコロの側で主人の到着を待っていました。娘もいてくれて心強かった。
 夕飯を食べ、もちろんコロにもふやかしたのではない普通のフードをあげました、母は一晩同じ部屋に、いつものように寝ました。
 翌朝冷たくなってしまったコロにおはようと声をかけました、その冷たさに実感したようにも思いますが、いつもの寝床にいるコロは寝ているようにしか思えないのです。お迎えは11時。精一杯話しかけたりなでたり、でも悲しさはつきません、もっと側にいて欲しい、涙が止まりません。
 とうとうお迎えがやってきました、車に移そうと持ち上げると口元の敷物がぐっしょり濡れていました、一晩悪い物が出続けたのでしょうか?悲しみがこみ上げてきました。
 車にコロだけを乗せ、私達も後を追いました、棺にうつし好物などを入れ、本当に最後のお別れでした。この日はコロだけだったのでゆっくりお別れをしてあげて下さいねと心遣いをして頂きました。
 ですがこれでもういい!なんて思えるはずもなく、名残は尽きませんでした。このまま連れて帰りたいそういう気持ちで一杯です。
 でもそんなわけにも行かず、とうとう最後の時間になってしまいました。
 お骨はとっても綺麗だった、13歳にしてはしっかりしているし、そう説明して頂きました、最後まで頑張って食べていたから、幼い時からしっかりお散歩もしていたので立派な体格だったようです。
 最後の朝もなんとか自分で庭に出て、おしっこもしたそうです。最後まで足腰強かった方なのでしょう。それに本当に世話がかからなかったと母も話しています。
 獣医さんも本当にすごい生命力だったと言って下さいました。
 最後の方でフードをふやかしたりした程度、もちろん血で汚れたタオルの洗濯は大変だったと思います、しかしそれだけです。本当によく頑張ってくれました。
 何よりお骨にする時が何より辛かったです。私は形見に爪の部分を分けてもらいました。一緒に自宅に帰りました。結婚し離れてからまた一緒になれた、でもやはり何というのか・・・ポッカリ穴が開いたような・・・そんな気持ちです。何かにつけ思い出して悲しくて仕方ありません。
 でもそれはきっと今まで13年と10ヶ月楽しく良い思いをさせてもらえたからなのでしょう、お互いが大好きだったから・・そう思うようにしようと思います。
 本当に今まで有難う、お疲れさま、よく頑張ったねそう言ってあげたいです。
 長々と本当にすみません、ですがコロが頑張った証、そう何か残してやりたいそう思ったのです。
 母も私もなんとか頑張って行こうと励まし合っています。まだ実家にはクマ私にはポンをいうワンコがいますから・・。
 ですがコロの闘病中も思った事ですが、またクマやポンをこんな形で失ってしまうのか、そう思ってしまう事もあるのです。だからこそもっと大切にして、大事に過ごしていきたいなとも思いました。
 あとはできるだけ早くお墓なりきちんとしてやらねばとは思うのですがまだしばらくは実家に置いておくのではないかとも思います、火葬をして頂いた所にもお墓はありましたが高くて手が出ないのが現実でした。
 私にもポンがいます、いずれ一緒にしてやりたいし、共に手助けしてやれればと思っています。
 長々と本当に有難うございました。
 HPは我が子がメインですが、一部コロ達の事ものせたり、携帯日記では様子も乗せております、ご参考に読んで頂けると幸いです。
 この場をお借り出来た事、そして幸せをくれたコロに感謝!
 
 ───────────────────────────────────────  ■題名 : Re:コロが逝ってしまった  ■名前 : ロクシーのママ  ■日付 : 05/1/31(月) 11:23  -------------------------------------------------------------------------
   ▼コロ姉さんへ

とうとうその時が来てしまったのですね。
コロ姉さんの投稿を読ませていただいていました。
そして今日のご報告を読みながら、ロクシーを亡くした時のことと重ね合わせて、また悲しみを新たにしました。コロ姉さんも、お母様も今はさぞかし虚しい気持ちで過ごされていることでしょう。コロ姉さんが、コロちゃんが死に至るまでの経過を詳しく書いてくださったので、コロちゃんが一番良いときを選んで皆さんにお別れしたのだということがよく分かりました。やはり自分の目で最期を見ておかないとあれこれ想像してしまいいつまでも心残りになるし、最期のときに一緒にてあげられなかったことをずっと後悔することになることでしょう。コロちゃんはそんな思いを大好きな人たちにさせたくなかったのでしょう。最期まで毅然と生きて頑張っていたりっぱなわんちゃんでしたね。今はご苦労さまと言いたいです。

私もロクシーのお骨を手放せずにいて、時々抱っこしてあげてるんですよ。それから安楽死のための注射をするときに獣医さんがロクシーの腕の一部を剃ったときの一束の毛も大切にとってあります。

おうちの中でコロちゃんが昨日までいた場所がぽかんと空いてしまってさぞかし寂しいことでしょう。家族の皆さんの心の中にも大きな穴があいてしまってどうしていいか分からず時間だけが過ぎていっていることでしょう。私も仕事をもっていたので、ロクシーが亡くなった翌日から仕事に出て忙しさである程度気持ちを紛らわすことができました。でも帰り道が一番辛かったです。家に着いてもいままでのようにロクシーが出迎えてくれないことを思うと、運転しながら涙が止まりませんでした。でもコロ姉さんもお母様も今まで十二分の介護をなさったのですから、どうぞコロちゃんは世界一幸せだったと信じてあげてください。コロちゃんもロクシーと同じように虹の橋を渡って行き、痛みや苦しみから解放されてほっとしていますよ、きっと。

これからは残されたクマちゃんやポンチャンをコロちゃんの分まで可愛がってあげてくださいね。

辛いときにご報告ありがとうございました。コロちゃん、ゆっくり休んでくださいね。

ロクシーのママより
 ───────────────────────────────────────  ■題名 : Re:コロが逝ってしまった  ■名前 : コロ姉  ■日付 : 05/1/31(月) 12:34  ■Web : http://www.geocities.jp/c33gtr/  -------------------------------------------------------------------------
   ▼ロクシーのママさんへ
>コロ姉さんも、お母様も今はさぞかし虚しい気持ちで過ごされていることでしょう。

本当に、私は結婚し離れてはいても何度も、何度も通い最後には一緒に過ごす事ができて良かったとそう本当に思います、母も同じだと思います。でもコロが悪いとかでは全然ありませんが、今まで大丈夫だろうか、もしかして・・そう思いながら毎日毎日ヒヤヒヤして帰宅していた母、その母からのメールの度にドキドキしていた私、もちろん母も心配で熟睡などできない日々を送っていました、その辛さからは解放された訳です、コロの分もクマやポンを大切して行きたいそういう思いで一杯です。そうは思いつつも本当に、今までそこに寝ていたのに・・・最後はフードをふやかしていたので、クマの散歩に行く間フードにお湯をかけて・・ついついそんな事をしなきゃと思っていますと言います、そういう場面がこれからも出てくるでしょう・・空しさというのか寂しさというのか色々な思いが出てくるでしょう。でもお互いよく頑張ったと本当に思えます、後悔はないです。それだけが救いです。


>おうちの中でコロちゃんが昨日までいた場所がぽかんと空いてしまってさぞかし寂しいことでしょう。家族の皆さんの心の中にも大きな穴があいてしまってどうしていいか分からず時間だけが過ぎていっていることでしょう。私も仕事をもっていたので、ロクシーが亡くなった翌日から仕事に出て忙しさである程度気持ちを紛らわすことができました。でも帰り道が一番辛かったです。家に着いてもいままでのようにロクシーが出迎えてくれないことを思うと、運転しながら涙が止まりませんでした。

母も今日はそういう思いで帰宅する事と思います、たとえクマが今までのように出迎えてくれてもどこかで寂しさが出てくるでしょう。ですが日々時間が解決してくれる、クマや時々遊びに行くポンや孫が癒してくれるでしょう・・そう信じ、コロのためにも頑張って行こうと思います。

娘もまだ4歳前なのでよくは分からないにしろ一緒に泣いてくれました、きっと動物の、命の大切さのような物を学んでくれたのではないかと思います。辛い場面ではありましたがそういう経験を出来て娘も幸せだったと思います。

>これからは残されたクマちゃんやポンチャンをコロちゃんの分まで可愛がってあげてくださいね。
>
>辛いときにご報告ありがとうございました。コロちゃん、ゆっくり休んでくださいね。

お返事を頂き本当に有難うございました、ぼちぼち頑張って行きたいと思います。
 ───────────────────────────────────────  ■題名 : Re:コロが逝ってしまった  ■名前 : コロママ  ■日付 : 05/2/3(木) 22:40  -------------------------------------------------------------------------
   初めまして、昨年この掲示に投稿しましたコロママと言います。
よくある名前ではありますが、うちの子もコロという名で13歳で他界しました。
うちは、亡くなる1年程前に乳がんと言われました。獣医さんに、まだ初期なのでこの子の年齢を考えると、今手術をするよりもう少し様子
を見た方が良いと思う、と言われ、家族皆で話し合った結果そうする事に決めました。
でも1年後、乳がんではなく腎臓を患って亡くなりました。
悲しくて、この掲示板に書いた通り本当にもうどうして良いのか解りませんでした。でも、皆さんんに励まされどうにか立ち直りました。今、考えてみれば、長い間苦しまなかった事だけは、あの子にとっては幸いだったと思います。
今、新しく「もも」という名のミックスの女の子を迎えて一緒に暮しています。
やはり、私と同じ様に雑種犬が好きな友達がいて、新聞の里親募集を教えてくれて、(その人も動物愛護センタ-から貰った犬と暮しているのですが私も愛護センタ-には予約してありましたが、別の所で決まったので)話を進めてくれたので5匹いた中から決めました。里親募集をしていた方は、捨てられたりした不幸な犬達の一時預かりをボランテイアでしているという事でした。昨年は50匹位を保護して、里親探しをしたそうです。
コロが亡くなって、ももが来るまでの間に主人も言いました。また、こんな悲しい思いをするくらいなら、もう犬は飼わない方がいいのかな -と。でも、コロとの別れは本当に辛かったけれど、ロクシ-のママさんが言われたように動物たちは私たちに悲しみだけを与えるためにやって来るのではないと思います。楽しい思いでもいっぱいあった。
ちなみに、ももを貰う2、3日前に、道路の真ん中で動けなくなってうずくまっていた子猫を拾って、家で飼う事になり、ワン、ニャン2匹で毎日運動会をしております。しばらくは、このし合わせが続くように願っています。
 ───────────────────────────────────────  ■題名 : Re:コロが逝ってしまった  ■名前 : コロ姉  ■日付 : 05/2/4(金) 8:13  ■Web : http://www.geocities.jp/c33gtr/  -------------------------------------------------------------------------
   ▼コロママさんへ
>初めまして、昨年この掲示に投稿しましたコロママと言います。
>よくある名前ではありますが、うちの子もコロという名で13歳で他界しました。
>うちは、亡くなる1年程前に乳がんと言われました。獣医さんに、まだ初期なのでこの子の年齢を考えると、今手術をするよりもう少し様子
>を見た方が良いと思う、と言われ、家族皆で話し合った結果そうする事に決めました。
>でも1年後、乳がんではなく腎臓を患って亡くなりました。

 お辛い経験をされましたね、こちらもコロがいなくなりもうすぐ1週間、私はもともと離れて暮らしていましたがやはり寂しい物です、母からコロの様子を知らせるメールもなくなり、ヒヤヒヤと心配する気持ちがなくなったのは良いですが、何かしら寂しいものです・・・。母は実際毎日一緒に暮らしていたので、何かに付け寂しさが増しているのかもと思います。まだ10歳のクマもいます、我が家にもこれまたミックスのポンもいますから落ち込んでいる場合ではないのですが・・。
 どんな病気であれ、どんな判断であれ、最終的に望ましい形で最期を迎えられたのは幸いでしたね。
 年齢的にも充分生きれたと思うし、苦しまなかったのはお互い本当に何よりです。

>今、新しく「もも」という名のミックスの女の子を迎えて一緒に暮しています。
>>コロが亡くなって、ももが来るまでの間に主人も言いました。また、こんな悲しい思いをするくらいなら、もう犬は飼わない方がいいのかな -と。でも、コロとの別れは本当に辛かったけれど、ロクシ-のママさんが言われたように動物たちは私たちに悲しみだけを与えるためにやって来るのではないと思います。楽しい思いでもいっぱいあった。
>ちなみに、ももを貰う2、3日前に、道路の真ん中で動けなくなってうずくまっていた子猫を拾って、家で飼う事になり、ワン、ニャン2匹で毎日運動会をしております。しばらくは、このし合わせが続くように願っています。

 そうですね、そういう気持ちは私もコロの病気が分かった時から考えていましたした、次はクマ、その次はポン・・と考えると辛いなぁと思ってしまいます。しかしおっしゃるとおり色々な楽しい思い出をくれました、どんなに癒された事か・・冷静に言えば「命ある物、必ず最期は来る」そう覚悟するしかないかなと思って来ました。
 なのでももちゃんはきっと幸せです、この世に生まれて不幸な子は本当に辛いです、全部を救えなくてもそういうワンニャンが救われ飼い主さんがまた幸せな気持ちになれるのは良い事です。
 お互い楽しく暮らしていきましょうね!有難うございました!
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