小林信美の英国情報 (10)英国の住宅事情とペット

小林信美の英国情報(10) 英国の住宅事情とペット

英住宅市場の落ち込みから賃貸住宅に転居せざるを得ない人たちがペット可の物件が少ないために飼い犬・猫を手放さなければならない事態に陥っているという内容の記事が7月25日付で当サイトに掲載された。そこで動物愛護先進国であるはずの英国で何故このような事態が起こりうるのかという疑問が投げかけられていたが、今回はそれに関連する様々な要因を探ってみたい。

まずは問題の背景となる英住宅市場の現状について簡単に説明しておこう。ことの始まりは、昨年から世界金融市場にショックを与えている米低所得者向け高金利住宅ローン(サブプライムローン)問題で、英国内の金融機関が大きな影響を受け、さらにこれに伴う商品市場の高騰(*)によるインフレ率の上昇から公定歩合が引き上げられたため、住宅ローンの返済額が急上昇したことに起因する(注1)。今回、賃貸住宅に転居をせざるを得なくなった人たちの多くは、期間限定の割安な固定金利の住宅ローンを利用していた可能性が高く、その期間終了と共に割高な変動金利に移行をせまられ、返済が不可能なため持ち家を手放さなければならない状態に追い込まれたとみられる(注2)。

さて英国の住宅事情といえばまず注目したいのは、賃貸住宅に住む人の割合がかなり低いということだ。英タイムズ紙によれば1953年の調査では、イングランド地方で持ち家に住む世帯の割合は総世帯数の32%であったものが、1981年にはその2倍以上である75%にまで膨れ上がったとしている。それ以降その割合は徐々に下降の一途をたどっているものの、記事が掲載された昨年3月26日現在で持ち家に住む世帯の割合は全体の約70%であったという(注3)。さらに2005年に行われたある調査によれば、英国の社会福祉政策の一環として提供されている低所得層向けの公営住宅であるカウンシルハウス(*2)に居住する世帯の割合は全体の約20%であったというから、一般的にみて英国では低所得層以外は持ち家に住み、賃貸住宅に住むということはめずらしいことであるということがわかる(注4)。もちろん、好景気が続いた過去10年ほどの間に住宅価格は高騰し、その間持ち家に住むことが出来ない若い人の数がかなり増えていることをここで付け加えておきたい。

そういうわけで、英国では賃貸住宅に住むこと自体があまり一般的でなく、それゆえペット可の物件に対する需要もあまりないために供給が増えないと考えてよいようである。きちんとした資料・統計等はないが、筆者の個人的な経験からすると、英国人の多くは賃貸住宅を持ち家に住むまでの仮の住まいとみる傾向が強いようで、これも賃貸住宅でペットを飼おうとしない理由のひとつにあげられるかもしれない。一方、公営のカウンシルハウスにおけるペット飼育は広く受け入れられているようで、管理事務局に登録しさえすれば可能というものが多く、なかには2頭以上の多頭飼いも黙認されているケースも稀ではない。これはカウンシルハウスの居住者はさまざまな理由から同ハウスを恒久的な住居とみる傾向が強いからではないかと思われる(*2)。
以上のことから英国で賃貸住宅に住む人たちは理想の住環境が整っていないため、自らペットを飼える境遇にないと考えているのではないかと推測できる。そして、先ほども述べた通り、十分な需要がないために供給も少ないというわけだ。

ここで英国のペット飼育に対する見方を顕著に示す調査結果について紹介してみたい。実は2005年に公表されたマーケットリサーチの結果英国でペットを飼う世帯数が過去20年弱の間に減少していることがわかり、特に犬を飼う世帯数は1985年から2004年の間に26%減、全世帯数の19.8%まで落ち込んだという(注5)。さらに同調査によればこの間、猫を飼う世帯数は安定しており全世帯数の22%に留まり、金魚等を飼う世帯数は13.5%から16.5%に上昇したとしている。

マーケットリサーチを行った調査機関は、これらのことから、過去20年ほどの間に独居世帯、または共働きの世帯が増え、日中仕事で家を空けペットの世話をすることができないため、世話のかからないペットに人気が集中したためだと調査の分析結果をまとめている。もちろん、アンケート調査の結果のみではこれ以上のことはわからない。しかし、この結果から英国人を怠慢なのだと決めつける前にペットの面倒をきちんとみられないから飼わないという態度は、動物愛護・福祉の観点から敬うべきものであるといえないだろうか。

2004年2月5日付のこの欄でも紹介したが、英国の愛犬家の「理想的」な見方をすると、群れで生活する生き物である犬が、独り暮らし、または共働きの飼い主の帰りを待って一日中家でお留守番ということはかわいそうだということになるのである。また、これは犬を飼うということを犬の立場に立ってみた考え方だと解釈でき、人間中心的な考え方から離れ、動物の権利を尊重する「動物愛護家的」な考え方であるといえる。このことで思い出されるのは、以前愛犬雑誌の仕事で定期的に英国内の「良心的」なブリーダーに取材を行っていた時、子犬を譲る条件の中に「愛犬をおいて4時間以上外出しない。その必要が生じた場合は、隣人などに様子をみてもらうようにすること」という内容の注意書が必ず含まれていたことである。

もちろん、英国でもアメリカの消費文化の影響は顕著にみられ、ここ数年の間にペットウォーカーやペットのお留守番等などのいわゆる「ペットビジネス」がさかんになりそうな気配がある。これは、もちろん十分な需要を見越してのことだろうから、ここ動物愛護大国でも自分で面倒をみられないのに犬を飼う人たちが増えて来ていることを示しているといえよう。どうやら動物愛護大国が日本やアメリカのような消費大国へと化すのは時間の問題のようである。
参考文献:

(*)これは、米低所得者向け高金利住宅ローン(サブプライム)市場の下落から投機筋が投資先を商品市場に移したため商品価格が高騰したという見方から。
(*2)英国のカウンシルハウスは非常に特殊なもので日本にこれにあたるものはないが、その歴史は西暦10世紀からと非常に古いものである(カウンシルハウスの歴史については信憑性について保証はないが以下の注4のサイトを参照のこと)。カウンシルハウスは基本的にはホームレスの問題を防ぐために妊婦、子供のいる家庭、身体障害者のいる家庭、その他で賃貸住宅、または持ち家に住むことができない人たちのために提供されている(Abercrombie and Warde 2000)。
ちなみに筆者の住む北ロンドンにあるこの手のハウスでは麻薬中毒者、また禁固刑を免れ自宅で刑に服す犯罪者にもアパートがあてがわれているようである。結局、このような人たちを野放しにしておくとさらに犯罪が増えるからというのがその理由である。残念ながら、王立動物虐待防止協会のテレビコマーシャルでも紹介された通り、カウンシルハウスの住人の中には基本的なペットの世話をおこたる人が多くみられるようである。詳しくは4月28日付のこの欄を参照のこと(王立虐待防止協会のコマーシャルは全てカウンシルハウスを舞台にしたものとなっている)。

(注1)
http://www.bankofengland.co.uk/mfsd/iadb/Repo.asp?Travel=NIxIRx
(注2)
http://www.telegraph.co.uk/money/main.jhtml?xml=/money/2008/08/09/cnhouse109.xml
(注3)
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/politics/article1567419.ece
(注4)
http://en.wikipedia.org/wiki/Council_house
(注5)
http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/4097716.stm

Abecrombie,N and Ward, A.(2000) Contemporary British Society.
Cambridge:Polity.

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