小林信美の英国情報 (6)「危険な犬」 〜危険な犬にするのは飼い主〜

(6) 「危険な犬」〜危険な犬にするのは飼い主〜

ニューヨークやパリなどと比べ、中心部でも公園の多いロンドンでは、オフリードで犬が自由に走り回れるスペースが多く、愛犬家にとって非常に暮らしやすい都市だと言える。しかし、自由を謳歌するためには、責任がついてまわるのは当然のことだ。糞の処理から、リコールの訓練、さらに人や他の犬などに迷惑をかけないように注意を払うことなど、法律上、リードでの運動が義務付けられている国よりも、飼い主はさまざまな問題に頭を悩まされることになる。

我が家の犬は、スタッフォードシャー・ブルテリア、愛称スタッフィーで知られる闘犬だ。それゆえに、飼い主として、他の犬種の飼い主が直面しない問題を背負っていると常々感じている。まず、スタッフィーというだけで怖がる人がいること。そして、賭博目的の闘犬に使えることから、犬の盗難の危険に常にさらされていること。さらに、欧州数カ国を含め、危険な犬として飼育、繁殖を禁止している国があり、旅行しようにも犬連れでは行けない等、「三重苦」ともいえるこれらの問題を抱え、我が家の犬がもっと「普通」の犬だったらと考えさせられることも時折ある。}

我が家の犬は、闘犬といえども、性格はおとなしく、人懐っこいだけでなく、争いを好まず、性格の悪そうな犬に出くわすと、相手が近よって来る前にごろんと仰向けになってお腹をみせる。猫や、りすなどの小動物を追いかけるという問題はあるが、人や他の犬に危害を与えるような犬ではない。それでも、スタッフィーだというだけで必要以上に警戒心を抱く人や、小さな子連れの母親等は意外に多く、普段あまり行かない公園などに出かける場合は、いつも神経をとがらせていなければならない。(写真 : おなかを開いて子犬と遊んであげるマチルダ )

生後10週間前後から、しつけ教室に定期的(多いときは週3回)に通い、英ケンネルクラブの「グッド・シチズン(「お行儀のよい市民」とでも訳そうか)」の銅メダルの試験にも合格した犬の飼い主としては、これには、いささか閉口させられる。

しかし、合格犬の看板を首にぶら下げて歩くわけにもいかないので、特に小型犬を連れ歩いている飼い主や、小さな子供連れの家族にはできるだけ近づかないようにし、問題を事前に避けるように配慮はしているつもりだ。

実際、スタッフィーは、英国で公式に闘犬が禁止された1835年以来、ペット用として、「性格のよさ」に特に重点をおき改良・繁殖されてきていることから、フレンドリーな犬が多いはずだ。さらに、英ケンネルクラブに登録されている203犬種の中で、子供のいる家庭向き「ナニードッグ(Nanny dog- 乳母がわりの犬)として認知されている数少ない犬種のひとつでもある。それだけに人気も高く、同クラブに登録されている犬種の中で、トップのラブラドール・リトリーバー、2位のジャーマンシェパード、3位のコッカー・スパニエル、そして4位のイングリッシュ・スプリンガー・スパニエルに次いで、5番目に登録数の多い、いかつい顔の割に非常にポピュラーな犬種なのだ。

我が家では、もちろん最初から闘犬をと探していたわけではない。庭付きの家に引越し、犬を飼う準備ができた頃、愛犬雑誌でスタッフィー特集記事が載っていたのを読んだのがそのきっかけだった。それによると、人懐っこく愛嬌があり、病気知らずの頑丈な犬ということが強調されていて、それまで、チン、パグ、グリフォン、アッフェンピンシャー、フレンチブルドッグ、ボストンテリアと「鼻ぺちゃ系」と「ブル系」の間を行ったり来たりしていたので、これはとひらめくものがあったのだ。そして、犬を飼うことで、すっかり舞い上がっていた私たち夫婦は、スタッフィーの訓練の難しさや、前述の「三重苦」の問題などマイナスの面については、全く考えていなかった。

公式な統計はないが、私の個人的な経験からいえば、スタッフィーを選ぶ飼い主にはいわゆる「不良青少年」といわれるような人たちが多いような気がする。イギリス南東部のスタッフォードシャー・ブルテリア・ウェルフェア(Staffordshire Bull Terrier Welfare―スタッフォードシャー・ブルテリア福祉団体)代表のジョン・レーカー氏(John Laker)もこの意見に同意し、少々言葉は悪いが「ばか(idiot)」な飼い主のためにスタッフィーが苦しい思いをするはめになることに憤りを隠しきれない。一方、こうした若者たちがスタッフィーを選ぶのは、不良少年がバイクを選ぶように、いかついルックスのこの犬をステータスシンボルとして連れて歩きたいからと、至って単純な理由からだろう。そして、これらの青少年の多くは、スタッフィーを攻撃的にするべく日夜訓練し、時には闘犬の真似事をしたり、自分の犬がどの程度、タフなのかというようなことをお互い、競いあうようである。それだけに、彼らは、犬に人を襲うことを教えるというようなことにも興味を持っているようで、このような飼い主に飼われているスタッフィーが、人を噛んだりして問題を起こすのではないかと考えられる。実際問題として、これは、スタッフィーに限ったことでなく、タフそうな犬であればよいようで、スタッフィーと他犬種のクロス、ロットワイラー、秋田犬なども、同様の理由で人気がある。しかし、スタッフィーは、10年以上前に禁止されたピットブルテリアに似ているため、また、英国原産のため比較的、手に入れやすいことも手伝い、他犬種よりも特に人気が高いようだ。

さて、スタッフィーなどのタフな犬が問題を起こす危険があることに少し触れてみたが、以前、ご紹介した英国のドッグトレーナー、ジョン・アンクル氏(第4話「英国の問題犬を扱うトレーナー」参照)によると、猛犬に育てるのは、どんな犬種でも難しいことではないという。これは、生後、間もないうちに母犬や他の子犬から離して、外に出さずに家に閉じ込めっぱなしにして飼えば、殆どの場合、社会性のない犬に育つので、猛犬のような振る舞いをするようになるというからだ。これは、日本で「室内犬」といわれる犬の多くが、知らない人や他の犬を見ると噛もうとしたり、けたたましく吠えまくったりするのをご覧いただければ、納得いただけると思う。さらに、英ナショナル・ケーナイン・ディフェンス・リーグ(National Canine Defence League−イヌ科動物保護連盟)、現、英ドッグス・トラスト(Dogs Trust −犬の保護団体)のスポークスパーソン、ディーナ・セルビー(Deana Selby)も成犬の行動は、子犬の頃からどのように育てられたか、また、そのしつけの仕方によって多大な影響を受けるとしている(2002年11月21日付のBBCの報道から: http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/2499649.stm)。

上記の専門家のコメントから、子犬の頃から、適格なしつけを行っていれば、犬が人を襲ったりするような事件は起こらないはずである。というわけで、人を見かけで判断してはいけないということと同様、犬も犬種で判断してはいけないということがわかる。しかし、犬による「殺傷事件」は、感情問題に発展するため、残念ながら、このような正しい知識に基づいて状況を的確に判断し、対処することは難しいようだ。その例として、犬が子供や人を襲ったことが原因で、ドイツ、ルクセンブルグ、ノルウェーなどを含める欧州各国でスタッフォードシャー・ブルテリアは、土佐犬、秋田犬、アメリカン・ピットブルテリアなどと同様「危険な犬」だからということで、飼育や繁殖が禁止されている。そして、このような法律の元祖は、何を隠そう、実は、英国国内で1991年に制定、1997年改正された「危険な犬に関する法律(Dangerous Dogs Act)」であることを知る人は少ない。英ケンネルクラブのスポークスマンによれば、この法律が引き金となって、欧州各国で、犬種ごとに「危険」だというレッテルを貼り、飼育・繁殖禁止の法律が制定されるようになったのは間違いないと断言する。ちなみに、英国の同法によると現在でも、ピットブルテリア、土佐犬、ドゴ・アルヘンティーノ、フィラ・ブラジリエロが危険な犬種だという理由から、飼育、繁殖が禁止されている。

英環境食料農村地域省(Department for Environment, Food and Rural Affairs−DEFRA)によると、「危険な犬に関する法律」が制定された1991年から2002年の間に、この法に違反したとして計838人が起訴され、うち489人が判決を宣告され、罰金の場合、平均して167ポンド(1ポンド193円で計算して3万2千円程度)、また、禁固刑では平均3.3ヶ月の求刑を命じられているという。前述のスタッフィー福祉団体のジョン・レーカー氏は、危険な犬に指定された犬は、英国では非常に稀な犬種ばかりで、スタッフィーはあまりにも数が多いので、同法律指定の危険を逃れたのではないかと、同法の盲点をつく。さらに同氏は、問題は犬種ではなく、責任を持って犬を飼うことができない飼い主であるとして、「先日、子犬を預かってきましたが、これがブルマスティフとスタッフィーのクロスだと判明しました。性格はどうかわかりませんが、これはものすごく力の強い犬になりますよ」と法律の問題点を鋭く指摘するような発言をしている。

上記の統計によれば、2001年に犬に襲われ入院治療を要したケースが3,400件、報告されたという。これは起訴件数と比べ、非常に大きな数値であることから、事件が起きても飼い主が見つからないため、起訴できなかったことを示している。こうして無責任な飼い主に飼われ傷害事件を起こした犬は、責任を負わなければならないはずの飼い主が、刑務所で3ヶ月強、過ごすだけで済むのに対し、ほぼ即、死刑宣告を受けることになっている。

そして、スタッフィー、秋田犬、ロットワイラーのように無責任な飼い主に好まれる犬種は、危険だとみなされるために何も悪いことをしていなくとも「三重苦」を背負って生きていかなければならない羽目になる。

英国で「危険な犬に関する法律」改正を求めて運動しているドミノ(Domino−問題がドミノのように将棋倒しに広がっていくことを表現していることからそう呼ばれる)では「罪を憎み、犬を憎まず(Punish the deed, not the breed)」というキャンペーンを2000年から行っている。ところが、動物福祉法の改正が行われている現在でも、同法の改正に踏み入る動きはまだない。最近ではカナダのオンタリオでもピットブルテリア禁止が施行されることになっており、英国のまいた種はさらに世界中に広がっているといえよう(ドミノのウェブサイトからhttp://www.dominodogs.org/canada.html)。(2004/12/02)

(ライター・小林信美 Ext_link Matilda the little Staffie! )

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