狂犬病ワクチンは「免許証」
狂犬病ワクチンは「免許証」
昨年は国内で36年ぶりに人が狂犬病を発病し、2人の患者の方が亡くなられた。いずれもフィリピン滞在中に感染したケースだが、世界約200ヶ国中、狂犬病の発生を長期間抑制できているのは日本を含めて11ヶ国・地域に過ぎない。
「狂犬病」と名が付いているが、すべてのほ乳類が感染し、死亡率は100%。人から人には感染しないものの、発病すると有効な治療法がない。確実に死亡するのは、感染した動物に噛まれると、傷口から侵入したウィルスによって脳神経細胞が破壊されてしまうからだ。ウィルスは傷部分の神経を伝わって脳細胞に到達する。症状が出たときには、ほとんどの脳細胞は破壊されてしまっている。
神経を伝わってと書いたが、これが潜伏期間を決定しているところがある。足先を噛まれると半年以上発病しないこともあるし、頭を噛まれれば9日で発病ということもある。噛まれた場所や傷口の大きさ、侵入したウィルスの量によって、発病率も異なる。
僕は7年近く、バングラデシュなど狂犬病の発症地域で暮らした経験がある。自分には狂犬病の人用ワクチンを使用していたが、可愛がっていた近所の少年が、発病後6時間で亡くなったのを見たときには大きなショックだった。
亡くなる前日の夕方、少年は僕に「また明日」とあいさつして家に帰った。母親によると、夜中に様子がおかしくなったと思ったら、朝日が昇る前に死んでしまったという。犬にかまれて7ヶ月後のことだった。
世界から狂犬病がなくならないのは、人がコントロールしにくい野犬や野生動物の中で伝染が繰り返されているからだ。
日本でも、狂犬病発生地域の輸入動物が遺棄されてタヌキやキツネなどの野生動物や野犬に感染した場合、再度日本から絶滅させることが出来るかどうか疑問だと思っている。
狂犬病のワクチンは、ペットのためではなく、人のために接種しているのが事実で「ペットを飼ってよし」とする社会的な基本であり、免許証のようなものであると考えてもらいたい。獣医師 塩田眞
(2007/3/3)(毎日新聞記事より)