小林信美の英国情報 (7)RSPCAのCM
動物福祉法制定とRSPCA(王立動物虐待防止協会)のCM
一昨年、英国で1911年の動物保護法が改正となり、新たに動物福祉法が制定され昨春施行された。それに伴い、RSPCA(王立動物虐待防止協会)がアニメを使った斬新なテレビCMを放映するに至った。同CMは三部構成で、犬をペットとして飼う基本的な心得を説くものである。まずは、以下のビデオをご覧いただきたい。
Staffie (スタッフィー)
Size zero Dalmatian (サイズゼロ・ダルマシアン)
Bitchy bitches (ビッチー・ビッチ)
王立動物虐待防止協会監察部の前責任者アンディ・フォックスクロフトさんによると、これらのCMは、犬などのペットの最低限度の世話すらできない飼い主の数がどれほど多いかを広く訴えるために制作されたという。動物福祉法では、ペットにえさを与える、清潔で過ごしやすい住環境を整備する、または病気やけがをした場合、獣医で治療を受ける等の基本的な世話を行うことが定められており、それを怠ることは違法であるとしている。
リアル感あふれるアニメのキャラクターの犬たちが、ユーモアを効かせながらも皮肉たっぷりに怠慢な飼い主の行動を淡々と訴える姿にはなぜか心を打たれるものがある。フォックスクロフトさんは「CMにアニメを使うというのは、非常に新しいコンセプトです。それだけに視聴者の目を引き、我々のメッセージが口コミで広がって行くようにという意図を反映したものです」と語る。さらに「英国内で動物の保護活動を行ううえで、新法は我々に新たな戦力を与えてくれたと言ってよいでしょう」と同法が非常に意義あるものであることを強調する。同協会の広報部のエマ・ナットブラウンさんによると、改正前の法律ではひどい虐待が起きるまで介入することができなかったのだが、新法では最悪の事態が起きる前に行動を起こせるのでそれを未然に防ぐことができるのが利点だと付け加えている。
常識のある飼い主であれば、ペットにえさを与える、具合が悪い時には獣医に連れて行く等は,当然の義務であることは、法律で定められていなくともわかりそうなものだ。しかし、動物愛護で知られるここ英国でも、こんな単純なことも理解せずに犬を飼う人の数は後を絶たないようである。
つい先日、飼い主が獣医に連れて行くことを怠ったため、治療不可能なほどに病状が悪化し安楽死を余儀なくされたノッティンガム州の若干6歳のメスのスタッフォードシャー・ブルテリアのジェットがその良い例である。
同協会の報道によれば(注1)、去る4月21日、同州の地方裁判所で執行猶予付きの4ヶ月の禁固刑と500ポンドの罰金を言い渡された飼い主の61歳の男性は、同協会の監察部の介入があるまでジェットの病状に全く気づかなかったと主張しているという。以下が救出時のジェットの写真であるが、これでもわかる通りジェットは体力があまりにも衰えていたため、立ちあがることすらできなかったといい、さらに以下を含むさまざまな病状がみられたという。
-莫大な数の蛆が臀部の皮膚に寄生していた。
-悪性の便秘から腸部が通常の5倍に肥大していた。
-腹部膨張から排尿ができず、膀胱が通常の10倍
に肥大していた。
?栄養失調
これは虐待以外の何ものでもなく、新法の重要性が改めて認識される事件であるといえよう。
写真提供 : The RSPCA Photo Library
蛆とハエにたかられる救出時のジェット
ー体力が消耗して立ち上がることもできない姿は哀れで涙をさそうー
ちなみにジェットの例は、この原稿執筆時において同協会最新の情報を用いたもので、筆者の個人的趣味で犬種を選んでいるわけではないことをここで断っておきたい。実際、主観的にみても、この犬種を飼うタイプの英国人には常識に欠けると思われる人が多いようにはみえる。この点については以前にも触れているが、状況は依然として変わっていないので、別の機会に新たに詳しく掘り下げてみたいと思う。
ここで先ほど紹介した同協会のフォックスクロフトさんのコメントに戻ろう。これによれば新法は「飼い主の無知が原因で引き起こされる残虐行為から何千頭もの動物を救うのに役立つ」という。もちろん、前述のように犬を飼ったらえさをやる、具合が悪くなったら獣医に診せる等は、Living with Dogsの読者であれば小学生でもわかりそうなことだと思われるに違いない。
しかし、今回のCMを分析していると、英国において、これは個々の飼い主の問題というよりも社会全体の問題であるという見方が強いことがわかる。まず、先ほどご覧いただいたビデオを思い出していただきたい。三本とも背景には生活保護を受けて生活している、または収入が低過ぎて通常の家賃が支払えないなどの問題を抱えている人たちのための「council house(公団住宅)」が挿入されている。さらに、登場する犬のキャラクターのしゃべる英語は、英国南東部や東部で使われているいわゆる「Estuary English(テムズ河口周辺のなまりのある英語)」が使われている。BBCを含むテレビ局のアナウンサーには、さすがにこのなまりを使ってしゃべる人はまだいないものの、若者の間では親しみやすいと好んで使われるようになってきている。これはロンドン東部で使われるコックニーなまりに非常に似ており、いわゆる労働者階級のなまりとみなされているものである。しかし、これらのCMに関しては、対象となる視聴者イコール犬の面倒を怠っている飼い主は、ある一定の階層であるということが意図的に示唆されているようにとれる。ここで英国の階層の問題を討論するのは紙面の関係上不可能なので、便宜上、この階層を「生活水準の低い階層」としておこう(注2)。
先ほどの王立動物虐待防止協会のナット・ブラウンさんによれば、これらのCMは、階層差別をする意図で作られたものではないとしているが、生活水準が低いために、新法で定められているような基本的な世話ができないという可能性はあると語る。
過去十年以上、好景気の続いてきたこの英国。景気の鈍化からクレジットカードによる負債問題がクローズアップされているが、英国教会大主教が指摘している通り(注3)、英国社会全体において支払い能力もないのに物を買うことに抵抗がなくなっているということは、大きな社会問題となっている。そしてこの傾向は、犬を飼うのにかかる必要経費を支払う能力のない人までが、平気で犬を飼う事につながっているのではないだろうか。
新法の施行から一年。前述のナット・ブラウンさんによれば、王立動物虐待防止協会に救出される犬の数は増加しているという。しかし、これを裏返せば、常識のない人たちが犬を飼うケースが減っていないことを示すのではないだろうか。(2008/4/28)(英国 小林信美)
注1 : RSPCAの報道記事のリンク
注2 : 社会学的には階層は職業によって分類されているが、肉体労働職が激減した現在、分類が非常に難しくなっているとされている。ちなみに筆者の社会学の博士課程の研究課題は「階層と消費の関係」である。
参考文献:
Abecrombie,N (2000)Contemporary British Society.
Cambridge:Polity.