小林信美の英国情報 (9)深刻化する英国での犬の盗難問題
深刻化する英国での犬の盗難問題
愛犬の盗難は飼い主にとって心配の種のひとつであるが、ここ英国でも問題は年々深刻化しているようだ。今回は動物愛護先進国として知られるこの国における犬の盗難の特徴にスポットライトをあて、英国ならではといわれる問題を紹介してみたい。
まず、犬も歩けば棒にあたる方式に至る所で見かけられるパブ(英国式居酒屋)や定期市、その他盗品などをさばく販路が手軽に見つかるような文化が今でも残っていることがその特徴のひとつにあげられるだろう。日本でも環境保護などの観点からいらなくなった物をリサイクルするという習慣が定着してきているようだが、こちらでは環境保護などという考え方ぬきで、中古品の売り買いという習慣にはかなり長い歴史があるようである。ちなみに、アンティークで日本でも有名なロンドンのポートベロ・ロードのマーケットは18世紀からあるというが、その歴史はさらに古く、その起源は農産物の市場にさかのぼると言われている(注1)。
さらに専門家によると、犬の盗難の多くは麻薬等を買うための現金を手軽に入手するために行われるとされるが、麻薬乱用の問題、さらに所得格差の問題等の他、働いて収入を得るよりも盗みを行う方が容易であるという考え方が一部の若者の間で定着していることもその特徴といえよう(注2)。北ロンドン在住の筆者の知り合いの生後3ヶ月に満たないスタッフォードシャー・ブルテリアの子犬も1年ほど前に前庭から盗まれ、携帯電話と引き換えに第3者に譲り渡されたというから、盗まれた犬が物々交換の対象になることもあるというよい例である。最近では、行方不明になった犬を見つけた謝礼目当ての犬の窃盗も増えているといい、犬を盗んでおきながら謝礼報酬のポスターが掲示されると飼い主のもとに犬を連れて謝礼を受け取るという知能犯が多くなっているということだ(注3)。
ところが、英国の犬の盗難問題で今回最も注目したい特徴といえば、闘犬、または犯罪が目的で頻繁に犬が盗まれているらしいということである。英国では、犬の盗難も他の所持品の盗難と同様に扱われるため信頼できる統計はほとんどない。しかし、数年前のBBCの報道によると2005〜6年の間に盗まれた犬の数はロンドン市内だけでも417件で2003〜4年の228件に比べ、74%も増加したという(注2)。さらにショッキングなことに盗まれる犬の56%がスタッフォードシャー・ブルテリアで占められているというのである。これについて、ロンドンを管轄下とするメトロポリタン・ポリスのシンディ・バットさんは「闘犬目的、または、犯罪用の武器として使用する目的で行われている」と説明する。ここで犯罪用の武器というのは、強盗、窃盗等を行う際、被害者に犬をけしかけて脅したり、警察の押収を受けたりする際に警察官にけしかけ、その間に脱出をはかるのに使われるというのである。
もともと闘犬として改良されたスタッフォードシャー・ブルテリア。19世紀に闘犬が禁止されて以来、愛好家によって獰猛な性質を穏やかなものにする努力が続けられてきているのだが、闘犬用として好まれるピットブルテリアが禁止された1991年以降、スタッフォードはピットブルと外観が似ていることから「代替犬」として人気が爆発したと見られている。またロンドン近郊のある地方紙によれば、闘犬目的で入手されたスタッフォードシャーが闘犬に使い物にならないため捨てられるケースも見られると報道している(注4)。
しかし、闘犬に使われるために盗まれているのは、実はスタッフォードシャー・ブルテリアだけではない。それというのも、闘犬に使われる子犬の訓練のために犬種をいとわず老犬が盗まれたり、闘犬に使われる犬の闘志を駆り立てるため、または闘犬の競技の終わりに闘っている犬同士を引きはがすために「おとり」として、犬種を問わず犬が盗まれたりしているらしいからである。これらに関しては、筆者が他の愛犬家から聞いた逸話を元にしているので参考文献等、事実関係を確証するものはないことをここで断っておきたい。しかし、スコットランド動物虐待防止協会によると、闘犬に猫を襲わせてそれを携帯電話でビデオに撮って楽しむことのために猫までも盗まれているということを聞けば、さまざまな犬種の犬が盗まれ闘犬の道具として使われていることは十分あり得る事だと思われる(注5)。
ここで問題となるのは、前述の通り犬の盗難も所持品の盗難と同様に扱われるため、警察に届け出ても特別の措置がとられないことである。そういうわけで、英国で犬の盗難に遭った場合、個人で行動を起こす以外には、泣き寝入りするしかなすすべはないのである。しかしこのような絶望的な状況の中、数多くの市民団体が団結し問題の解決をはかろうと懸命になっていることは確かである(注6)。そして、飼い主も盗難に遭わないよう万全の注意をはかることが重要である。犬の盗難の最大の被害犬であるスタッフォードシャー・ブルテリアの愛好家のウェブサイトは、犬の盗難防止をはかるため愛犬家に以下のような注意を呼びかけている。
1. 家の庭で遊ばせる時も愛犬から目を離さないこと。
2. 買い物の際、愛犬を店の外につないで放置しないこと。
3. 愛犬を自家用車に放置しないこと。鍵の掛かった自家用車から
犬が盗まれたケースも報告されている。
4. 公園などで犬をオフリードで散歩させる際、よく注意をはらって行うこと。
5. 愛犬が盗まれないよう、終始注意をはかること(注7)。
ということで、ここ動物愛護大国、英国で犬の盗難問題は最近になり非常に深刻化し、犬を飼うということがかなりの心労を伴うものになってきているということを紹介してみた次第である。
参考文献:
(注1) http://www.goodfairyantiques.co.uk/history.html
(注2) http://news.bbc.co.uk/1/hi/magazine/6369447.stm
(注3) http://www.independent.co.uk/news/uk/crime/dognapping-cases-double-as-stolen-pet-market-booms-406693.html
(注4) http://www.echo-news.co.uk/news/2234814.0/?act=complaint&cid=1495925
(注5) http://news.bbc.co.uk/1/hi/scotland/edinburgh_and_east/6928351.stm
(注6) http://www.dogtheftaction.com/home/
(注7) http://www.staffords.co.uk/sbtbc/stolen_advice.htm#stolen