微笑みの国の路上犬 (1)ハナとの出会い

微笑みの国の路上犬 (1)ハナとの出会い
(事故で背骨を折った野良犬をひろって)

タイはバンコクに暮らして6年目。
渡タイ半年後に出会ったタイの雑種犬の親子2匹と暮らしている。
9月に入ると、本格的な雨季でスコールが毎日降り、バンコクでも水はけの悪い地域は洪水が発生する時期である。

2008年8月15日金曜日、バンコク郊外(隣県のサムットプラカーン)の新国際空港至近の職場で勤務中、キャイーンキャイーンと切ない鳴き声が耳を裂いた。
何の声?タイ人従業員に聞くと、車に轢かれた子犬が鳴いているらしい、とのこと。
忙しさに紛れ夕方になり、急に(まだあの声の子犬が生きているのかしら?)と気になり、外に探しに出てみる。
警備員が不憫に思い、水やえさをあげたらしいのだが、驚くことに痛みにも負けず、食べたとのこと。
見捨てるわけにもいかず、周りのタイ人も助けて欲しいというので(駄目かもしれないけど、病院へ連れて行くね)と自分の車を犬のそばまで移動。持ち上げてダンボール箱に入れると、鳴きもせずおとなしくしている。
我が家の2匹の犬の行きつけの病院(B.H.P)は、バンナーエリアでは比較的、治療費は高いが設備は整っており、24時間体制なので、そこに運ぶことにした。

若い女性の獣医師アン先生が対応してくれた。レントゲンの結果、アン先生は『ちょっと大変だわ、これ見て』と説明をはじめる。背の腰骨の部分がポッキリと折れていて入り組んでいた。他にも後脚にヒビ。
痛くないということは、神経が切れた可能性があり、もしかすると最悪、下半身不随の可能性が高い。とにかく、早く手術しないと回復の確率が下がるとのこと。『手術をしますか?』とアン先生が確認する。
費用はともかく‘半身不随’の言葉が重く、正直迷った。安楽死か、障害も覚悟で手術のどちらか…。捨てることはできないし、連れてきた以上は私が責任をもって判断しないといけない。どうしたらいいか?
アン先生は落ちついた様子で、『まず手術だけでもしてみましょうか』と、やんわりと背中をおしてくれた。
これほどの骨折を扱える、タイでは外科の権威という獣医師が、タイの東大といわれるチュラロンコン大学獣医学部から来てくれるのは、あと4日後だという。4日もこのままでもつのだろうか?もう時刻も遅く、取りあえずこのまま病院に預けるしかない。デポジットも含め7千バーツ(2万円相当)を払い、手術を予約した。
手術のための誓約書に記入する時、名前がないといけないので、TAROとつけたが、メスとわかり、タイ人でも覚えやすいよう、『HANA(ハナ)』と改めて名付けた。
21時を過ぎて病院を出た。車中でハンドルを握りながら『それでなくても忙しいのに、障害犬になるかもしれない野良犬を助けてしまった…どうしよう…』と、ひどい疲れを感じた。
子供の頃から犬と過ごしてきた愛犬家のつもりの自分にとって、ハナとの巡り合いは、自分の偽善を量るような事件とも言えた。重い気持ちで数日を過ごしていたが、ストレスか2日目からひどい眩暈に襲われ体調をくずす。
決断をせまられた瞬間、ハナの安楽死を簡単に考えたが、獣医のアン先生やメールで相談をした動物保護活動をしているタリニーさんは、『手術とあなたのできるところまでの治療だけでもしてあげて、先のことはそれからまた考えては?』と励ましてくれた。また、障害犬との生活の経験者、在タイ10年以上の大先輩の日本人Nさんにも相談すると『私も寄付するからがんばって』と応援してくれた。動物の生死を見てきた人たちの優しさが、動揺して沈んだ心に、先に踏み出す勇気を与えてくれた。ハナを見捨てない―これだけを自分に約束した。

4日後の手術は成功した。幸いにも神経は切れてはいなかった、とアン先生からの電話をもらう。
見舞いに行くと、ケージ越しに私の手をぺろぺろ舐める。エリザベスカラーと点滴と排尿用のカテーテルで不自由そうに寝ている。腰の切開跡が痛々しい感じだが、痛みで泣くこともなく食欲もある、とのこと。
まだ後脚では立てないし歩けないようだ。前脚は力があり、ふにゃふにゃした後脚をひきずるように動く。やせっぽちなため体格からは定かではないが、生後10ヶ月くらいと思われるハナの性格は、とても人なつこく明るい。
術後1週間は、下のコントロールがうまくできない様子で、ゲージのなかが汚れてかわいそうだった。
私の仕事は平日は残業が多いため、土日だけしか見舞いにいけない。抜糸までは入浴もできないので、汚れたままのお尻が気になり、私が看護士に了解を得て自分で洗ってあげると、気持ちよさそうにして、タオルの中で身体を伸ばし満足そうに寝た。そんな仕草にケガにも負けないハナの若い生命力を感じる。

私の愛犬は、5歳半の雌犬ALEXとその息子の雄犬ダイちゃん4歳半。 ALEXは小さいという意味のタイ語『レック』から命名したが、今は30KGの肥満犬である。ALEXは彼女がまだスレンダーであった7ヶ月頃に、思いがけず妊娠した。初産のためか1匹だけの出産だった。大きな赤ちゃんだったのでダイちゃんと命名。ALEXがへその緒をうまく噛み切れず、すごく大きな出ベソである。その後、家の中で飼ったためか、他の犬との接触がなく、ダイちゃんは犬が大嫌いになってしまった。たぶん怖いのであるが、他の犬を見ると興奮してパニックになり、噛み付くこともあるので、母犬以外の他の犬とは一緒に住めないのが現実である。実は5年前にも、ここタイで、路上犬の子犬(シロと命名)の腸の大手術をしてあげて、2ヶ月ほど面倒みて、里親を見つける経験をしたことがあった。その頃は、ダイちゃんもまだ子犬だったので、我が家の一部屋に隔離して保護できたのだ。
ハナを我が家に連れ帰るのは、一人と2匹の生活にかなりのリスクを強いるはず。ということはハナが退院できでも、脚が回復するまで、どこかで保護しないといけない。ハナを引き取ってくれる方などいるのだろうか?
動物保護活動家のタリニーさんは、ご自分の経験から、『現実は99%引き取り手はないと思う』とコメントした。
バンコクのペット愛護団体のレスキューは、路上の犬たちを保護したら、避妊処置後、また路上にもどすのだが、こんな状態のハナは職場近くの古巣に戻すことも無理であろう。
わずか2週間で病院からの請求はすでに6万円分相当に膨らんでいた。独身で犬2匹の面倒をみている私には少々負担になってきた。わが愛犬のためでなく路上で出会った犬のためにお金がどんどん消えていく。
アン先生も費用の軽減に配慮してくれてはいるが、病院は慈善団体ではないので、ハナのために早く次のホームを探さなくては。アン先生、タリニーさんと情報を交換しながら動物愛護団体、大学家畜病院、奉仕活動に参加する獣医クリニックなどあたってみることにしたが、なかなか協力的な回答を得られない。
きっと、日本と違い、人も歩けば犬にあたる、という状態のタイの路上犬のレスキューがあまりにも多いため、日本人のひろった犬のことなどに対応していられぬ状態なのであろう。ハナの退院後の目処もない状態で、だんだん心境的に行き詰まる感じだ。
今は自分がハナにできる最低限の事をすることで精一杯である。限られた情報の中から、安価で理学療法をしてくれる病院や施設を探すことに注力する日々である。(2008/9/18)(タイ N.Oさん) 

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