微笑みの国の路上犬 (2)ハナの居場所

微笑みの国の路上犬 (2)ハナの居場所
(事故で背骨を折った野良犬をひろって)

タイの首都バンコクに発令された非常事態宣言も9月14日にようやく解除された。
(サマック首相は、反政府グループのデモの大規模化を押さえられず、また在任中に自分の料理番組をレギュラーTV放送するなどが違法とされ失職。9月18日に新しい首相が国王に承認され正式に就任。)これで短期的に影響をうけ減少した観光客の数も回復するであろう。
渡航安全情報に従い、キャンセルが相次いだ海外の企業からの出張者の予定もぼちぼちと入りはじめた。
雷雨のたびに、空気が入れ替わるようで、このごろの夜は涼しい風が吹き、冷房をいれると寒く感じる。

週末の休みなると、1週間分のハナの食事の差し入れとリハビリを兼ね、動物病院に見舞に出かける。

ハナは抜糸もすみ背中の傷口もきれいになった。ハウスから出すと座った状態で前脚をピョンピョンとジャンプするような仕草をして、喜びのあまりか、歯を立ててじゃれつく。(これは悪い癖にならないうちに躾をしなければ、と思う)
初めの頃とてもおとなしくしていたのは、やはり腰が痛かったのだろうと今になってわかる。

トイレもだいぶコントロールできるようになってきているが、紙おむつをしてちょっとひょうきんな姿。(Sサイズの紙おむつでは小さかったみたいだ。)丈夫な木綿布に4つ脚を入れる穴を開けただけの、手製のインスタント補助具でぶら下げると、なんとか後ろ脚を立てて歩く。
5分もすると、後ろを振り向き吊布に噛み付き引き裂こうともがくので、うまく歩く形にならず、必死につり布を持ち上げる私達を大笑いさせる。ハナはあまり長い時間、吊り下げ歩行をしたがらない。嫌になると寝転がり甘える。
軽いようでもかなりの体重が部分的にかかるためか、腿の内股に皮膚が布で擦れてしまい、赤くなっている。
これは結構痛いのであろう。なにかもっとおなかや腿に負担にならない素材や道具がないものかしら、と思ってしまう。
ここタイでもペットブームで毎年大きな展示場でも催されるペットのイベントに出かけると、いろいろなペット用品が販売されていて感心するが、介護用品はほとんど見当たらなかった。

現在のところ、ハナの後脚の左はまだ少し筋力があるようだが、右はぐにゃぐにゃした状態で麻痺がひどくさっぱり回復の兆しがない。後脚のつま先がうまく地面につかず、甲の部分が下向きにひっくり返った状態で引きずるので、コンクリートの上などでは足の皮膚を擦り剥かないように注意が必要だ。つま先の神経が麻痺している様子で、うまく働いていないのがはっきりわかる。これは積極的な理学療法で筋力と神経のリハビリをしないとまずいのではないか、とアン先生とも相談する。この動物病院は、全体的に設備は整っているが、理学療法のプログラムがない。特別に依頼しても、今までの治療費からもかなりの高額であることは明らかである。ここ2週間、最低限のリハビリはしていただいたのだが限界があるようだ。費用面も考え、代替の施設やクリニックに移動する前提で準備をはじめた。

まず、当WEBサイト LIVING WITH DOGS のご親切で、タイには障害をもつ犬を保護する施設があり、日本のTVでも紹介されているとのお知らせをいただいた。電話番号をしらべて連絡をとり、早速見学に出かけた。
犬の保護施設のアクセスMAPをみると、バンナー地区から高速にのって40分ほど走ったノンタブリー県のパクレット地区のようである。大きなコンサートや展示会が開かれるIMPACT ARINAのあるムアントンターニーの次のシーサマンという地味な降口にあるソンプラパ通りからさほどの距離ではないはず。よし、これなら一人で運転していける場所だ。実は、2002年の来タイ当初、勤務していた地雷除去活動支援のNGOがソンプラパ通りの陸軍敷地内にあるタイ地雷除去センター(TMAC)の中に、国連のUNDPなどとともに間借して事務所を構えていた。愛犬のALEX(メス)とは、まだ目があいたばかりの赤ちゃんの時にその敷地内で出会ったのだ。彼女が成長するにつれ、当時住んでいたマンションでは飼うことが無理になり、ソンプラパ通りから5分ほどのエリアに貸家のタウンハウスを見つけ引越しをした。現在はそのNGOはタイでの活動を終え事務所もないが、私にとっては懐かしい場所だ。日系企業に転職したおり、職場に通勤可能な現在のバンナーエリアに2台の幌付ピックアップトラックで大移動。このときの引越しには、ALEXの息子ダイちゃんも加わった。ちなみにタイでは、ぼろいタクシーなら個人タクシーの確率が高く、運転手次第で犬も快く乗せてくれる。また、ほかにも庶民の乗り物として大活躍の、トゥクトゥクという懐かしい3輪車やシーローという軽自動車タクシーがあり、ドアのないOPENエア車なので車酔いをしそうな犬には、大変重宝である。
犬のために思い切って車を購入するまでの数年は、我が家の愛犬達も病院へ行く時にはお世話になったものだ。

さて話はそれたが、めざす『The Home for Handicapped Animals Foundation』は、バンコク燐接のノンタブリー県に位置する。タイ人によれば、ノンタブリー県のパクレット地区には障害者などの収容施設が多いそうだ。
障害犬の受入れ担当のチャワリット氏と、創設者のサタポーンさん(旧名)にお会いし、施設の情況を視察する。
某番組で紹介された、WISHという犬に会いたかったが、残念なことに交通事故で亡くなってしまっていた。サタポーンさんは大変な苦労をして20年以上も犬の保護活動をしている。預かった障害犬が亡くなる日まで保護し続けている。預けた人は、最低でも毎月1日50バーツ(月1500バーツ=約4500円相当)を餌代などとして寄付することになっているが、はじめの月だけ寄付し、音沙汰なしのタイ人が多いそうだ。私と同様に事故の犬を助けて、施設に届けるまでは、タイ人のタンブン精神(タイ小乗仏教の教えから根付く助け合い、得を積む行為)を発揮するがその先は現実的な問題で、遠ざかってしまうのであろう。受け入れる側の犬の家では、すでに1000匹を超え、歩ける状態の約700匹はナコンパトム県のもっと広々した施設に移動させ保護しているらしい。しかしナコンパトムは今年もそろそろ洪水が発生しそうだとのことで、前回の洪水被害は日本からのご寄付で再建回復したが、もし再度、大洪水になれば犬の避難先がない、とサタポーンさんは頭を痛めていた。

歩けない重度の障害を持つ犬約300匹と猫は、このノンタブリー県のやや古い施設に保護されている。
2階部分に上がると、収容された障害犬の柵がずらっと並び、いっせいに吠える大音響が圧巻である。天井なしの1M四方のオープン柵で、地面から80cmほどの高さに犬の寝る床が位置し、人と接しやすく世話しやすいように工夫されている。50cmもない高さの柵だが、歩けない状態の犬たちなので、柵を乗り越え落ちることもないのであろう。
飲み水はタイ独特のテラコッタの深めの壺に入れてある。不自由な体の犬が水入れにぶつかって寝床をぬらさぬようにとの工夫であろう。


ただ、これだけの犬の数なので、衛生面の管理が大変そうで匂いがひどかった。また、外の風景が見えない薄暗い場所なので、一生このサークルから外に出る楽しみがないのかしら、と思うと悲しい気持ちになった。人が来ると訴えるように泣き続ける犬もいる。事故で頭を打ったため精神障害がある犬もいる。車椅子を作ってもらえる飼い犬の障害犬と違い、外に出されることは。まずほとんど望めない。しかし、このホームの精神は、『命を保護する』ことにあるのだろう、と感じた。それ以上でもそれ以下でもない。ここでは最低限、雨をしのげる家があり、餌をきちんともらえて、月に数度はお風呂に入れて、命を保護される。私がはかなくも期待していた、ハナのリハビリや理学療法は望めない状態であった。サタポーンさんも、マンパワーが足りず、一握りの可能性のある犬にしかリハビリをさせる機会はない、とコメントされた。また、費用の問題で定期的に出入りの獣医はいないので、病気になった場合のみ外部のクリニックにて治療するとのこと。ワクチンや避妊・去勢手術もなんと、自分達でしてしまうそうだ。日本と違い、医療に対する法がきびしくないのだろうか。
見学のあと、事務所でハナのビデオを見せて、相談するとハナの受入れは可能との回答だった。寄付金とともに入所の申込書に記入したあと、しばらくサタポーンさんと運営上の苦労について話し込み、降り出した雨の中、見送られてホームをあとにした。なにかを犠牲にして今日まで闘ってきたに違いない、サタポーンさんの慈愛にみちた笑顔をバックミラー越しに見た。慈善団体の厳しい現実はサタポーンさんが言葉にせずとも十分に理解できた。
土砂降りになってしまい、視界の悪い高速道路をスピードを落として走りながら、心の中で自問自答していた。
『ハナちゃん、あそこでずっと生きていくのがよいのかな?ハナはどう思うかな。あの子は、たとえ歩けなくても、人や他の犬と遊ぶのが大好きなのに。それに理学療法をしてあげれば、歩けるかもしれないのに、今、施設に入れてしまっていいのかな。』なぜか私は悲しい気持ちになっていた。(2008/9/25)(タイ N.Oさん)


備考:TBS番組「世界ウルルン滞在記」は残念ながら放送を終了しました。

「タイの犬の家」世界ウルルン滞在記から3

「タイの犬の家」世界ウルルン滞在記から2

「タイの犬の家」世界ウルルン滞在記から

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