動物孤児院 (18)森に囲まれたお屋敷は、介助犬養成所

(18) 森に囲まれたお屋敷は、介助犬養成所

タチアナさんは介護犬を養成する30代の女性です。森と野原を見下ろす丘に立つ、淡い黄色のお屋敷が養成所を兼ねたタチアナさんの家。
玄関のドアが開くと、何頭ものゴールデンレトリバーと黒いラブラドルレトリバーが尾を振り、全身をくねらせて私を取り囲み、犬好きにはたまらない歓迎ぶりです。
「この3頭を介助犬として訓練しているの。そちらの2頭は私のペットよ」
タチアナさんは小さな声で犬たちを紹介しました。「静かな、落ち着いた環境」こそが、介助犬の訓練に必須であると考えるタチアナさんは、決して大きな声を出しません。
私をタチアナさんの家まで連れて行ってくれた、タチアナのお母さんが、ちょっとでも大きい声を出そうものなら、娘のタチアナさんは、「お願いよ、お母さん、声をおさえてよ。犬たちが興奮してるわ」と言うので、お母さんは戸惑ってしまいます。お母さんのほうは久しぶりにこの犬たちに会えて嬉しいし、犬たちも自分たちをかわいがってくれる(そして甘やかす)人が来たというので喜びを隠せないのです。しかし…タチアナさんの家の掟は厳しい…。「介助犬は、体が不自由な車椅子の人のために働くわけでしょ。声がよく出せない人も多いの。犬は小さな声でも敏感に聞き分けて行動する必要があるから、犬にそれを教え込まないとならないの」
タチアナさんは静かに語るような口調で話すので、私も自然に小声になります。陽の光に満ちたサンルーム。5頭の大きな犬に囲まれ、熱いコーヒーを飲みながら静かに話していると、人間の心も落ち着いてくるような気がします。
この小さな村は人口700人。フランクフルトからアウトバーンをとばして車で1時間です。森には猪や鹿がたくさんいて、ときには庭から見えることも。村の入り口に、「きれいな空気の保養地」と書いてありましたが、実際、呼吸器関係の病人が長期間療養したりするそうです。
タチアナさんは自ら車椅子に座って犬を1頭ずつ訓練します。ほとんど聞こえないほどの低い声で犬に命令…いや、命令という言葉はあまり正しくないでしょう。心と心で会話をしている、といった雰囲気なのです。人間と犬の心が信頼で結ばれている、という気がしました。
黒光りのする見事な毛並みのラブラドルレトリバーはチロルの家庭で子供時代を送り、先週連れて来られたばかり。まだ遊びたくてたまらない年頃で、集中できる時間が少ないので、訓練はすぐに終わります。タチアナさんは絶えず犬と会話をしていて、もし犬が「飽きちゃったよ」と言えば、訓練はお休みです。(周囲の人間から言わせると、タチアナさんは犬の心を読む天才なのだそうです。)
これまでに数頭の犬を卒業させて、彼らは現在、車椅子の人たちと暮らしています。生まれつき体の不自由な5歳の女の子の片腕となっている犬、グライダーの事故で半身不随になった男性になくてはならない存在になった犬…
この犬たちはタチアナさんの誇りです。

(2003/12/19)
 

(小野千穂)

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