小林信美の英国情報 (15)再燃する危険な犬の問題
小林信美の英国情報 (14)再燃する危険な犬の問題
イースター休暇が終わったばかりの週末に、18ヶ月の赤ちゃんが叔父にあたる人に飼われていたアメリカン・ブルドッグに噛み殺されるという事件が報道された。英国においては1991年制定、1997年改訂の「危険な犬に関する法律(Dangerous Dogs Act)」というものがありながら、危険な犬に子供が噛み殺される事件は残念ながら後をたたない。この法の最大の欠点とされるのは、危険な犬にあたる犬種を特定していることである。これにより同法で禁止されている ピットブル・テリア(正式にはアメリカン・ピットブル・テリア)の人気が、一部の青少年の間で急上昇したばかりでなく、同法では取り締まることのできないさまざまな犬種を掛け合わせて、さらに獰猛な犬種を作り出すというようなこともさかんになった。
危険な犬に関しては以前この欄でも取り扱ったが、ここ数年、闘犬の問題と共に、この問題は悪化の一途をたどっているのは否めない事実である。特に今年は総選挙をひかえているせいか各報道機関は、例年よりも危険な犬問題を重視するような傾向にあるようだ。
その一例として年初には、ロンドンのハロー(Harrow)地区の地方自治体が、「武器になるような犬」を飼う住民に、低所得層向けの公営住宅であるカウンシルハウスを提供しないという方針を明らかにしたことが、タイムズ紙の土曜版で大々的に報道された(注1)。
ここで重要なのは、犬が獰猛なので危険であるというだけでなく、刃物や拳銃などと同じように、「武器」として使われていることに注目したい。これは都心部におけるいわゆる「不良グループ」に属するとみられる青少年の間での刺殺事件が、年々深刻になっていることと深い関係があるようだ(注2)。
小林信美の英国情報 (13)
日本でも、銃刀法で拳銃や刃物の所持や携帯が規制されているが、こちら英国では問題があまりにも深刻であることに加え、財政難も手伝い警察や地方自治体は取り締まりにお手上げ状態であると言っても過言ではない状況に追い込まれている(注3)。そこへ持って来て、今度は犬までも武器として使われるとなると手の施しようがないということになりかねない。拳銃や刃物であれば所持しているのがわかった時点で補導なり逮捕ということになるが、犬であれば現行犯、または確固とした証拠がなければ、それが武器であるかどうか証明しようがないからだ。ところが昨年4月ロンドン南部地区で、16歳の少年が、刃物で殺害された事件で、不良グループに属する犯人の飼っていた犬が、殺害目的のため「武器」として使われていたということが、今年2月に英中央刑事裁判所で行われた裁判でクローズアップされたことから、青少年の間で、獰猛な犬が武器として飼われているということが、にわかに注目されるようになったのである(注4)。
この事件はロンドンのランベスサウス(Lambeth South)で起きたもので、16歳の少年が犯行グループの中の二人に飼われていた犬二頭に襲われ、動けなくなった所を刃物で6カ所刺されて殺害され、連れの17歳の少年も同様に、犬に襲われた後、9カ所刺されて重傷を負ったほか、一緒にいた2人の少年も刃物で刺されるという残虐なものだ。ここで犯行に使われた犬はスタッフォードシャー・ブルテリアとマスティフを掛け合わせた雑種の雄と、スタッフォードシャー・テリア(ピットブルテリアと思われる)の雌の二頭であるという。犯行に加わったのは地元の不良グループに属する15歳から20歳までの青少年で、殺害された少年自身もまた、別の不良グループに所属していたとのことだ。
被告側の弁護人は今回の事件の特徴について、これはユニークなケースではないにしろ、犬が武器として犯行に使われていたというのは比較的珍しいものであるとしている。しかし、総選挙を前に労働党政府は、国民の関心の高い「反社会的行動(anti-social behaviour)」に厳しく対処することをマニフェストで歌い文句にしており(注5)、今回の事件はその政策に大きなインパクト与えたようだ。
実は選挙の投票日公表数日前の今年3月9日、武器として犬が使われている問題に対処するという名目で、労働党は犬の飼い主全員に対し、飼い犬によって引き起こされる第三者への被害に対応できる保険を、法律で義務付ける法案を検討していることを発表した(注6)。
同日付のBBCの報道によれば、英国内では犬に噛まれ、病院治療を要するケースが週に100人以上ともなっており、危険な犬に対する国民の関心は非常に高いとしている。しかし、この提案がされた1週間後、同法案は常識ある飼い主にも多大の負担を課すことになるという理由で却下された(注7)。
ちなみに、自称「常識」ある飼い主である筆者が愛犬にかけている獣医料保険は、人を噛んだりした時の被害に対応するための保険を含んでおり、愛犬が、一般的に「危険な犬」とみなされているスタッフォードシャー・ブルテリアであるため、他の犬種よりも多く保険料を支払わなければならない。実際問題として上記のような保険が法律で義務づけられたとしても、人や犬を襲うような犬の飼い主は、たいていの場合「常識」のない飼い主であることが多いようであり、このような法的措置を導入してもほぼ意味がなく、法案却下は当然のことであると思われる。この国では自動車保険に入っていない「常識」のないドライバーもかなりいるようであり、これら「常識」のない国民が「常識」ある国民にできるだけ被害を及ぼさないような政策を検討してもらいたいというのが、今回の総選挙に向けた筆者の願いである(注8)。
参考資料:
(注1) http://www.timesonline.co.uk/tol/news/uk/article6981597.ece
(注2) http://www.guardian.co.uk/uk/2010/mar/27/knife-stabbing-godwin-lawson-gangs
(注3) http://www.crimestoppers-uk.org/how-we-help/knife-crime
(注4) http://news.bbc.co.uk/1/hi/england/london/8498241.stm
(注5) http://www.telegraph.co.uk/news/election-2010/7579545/General-Election-2010-Labour-manifesto-to-signal-return-to-Blairite-agenda.html
(注6) http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk_politics/8556195.stm
(注7) http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk_politics/8570830.stm
(注8) http://www.drivingban.co.uk/drivingban/drivingwithoutinsurance.htm