小林信美の英国情報 (17)それでもロンドンが愛犬家天国でない理由 パート3

それでもロンドンが愛犬家天国でない理由 パート3

カジュアルな闘犬の問題

賭博目的で暴力団等の組織によって行われる大掛かりな闘犬の問題については以前にもこの欄で取り扱ったが、ここ数年ロンドンを含む都市部ではローリング(rolling)またはチェイン・ファイト(chain fight)として知られるカジュアルな闘犬にマスコミの目が集中している。これはいわゆる不良少年グループに所属する青少年の間で飼い犬の強靭さを競い合うために行われ、夜間人目の届かない公園などで不定期に行われるため、取り締りが難しいという。このような闘犬に使われるのは、筆者の愛犬としてお馴染みのスタッフォードシャー・ブルテリア、「危険な犬」として飼育が違法とされているピットブル・テリア、そしてマスティフ、さらにこれらの犬種を掛け合わせたものが主流であるという。

英RSPCA(王立動物虐待防止協会)によると、ここ2、3年、パーカーのフードをかぶっていることからフッディ(hoodies)*と呼ばれる不良少年が「危険な犬」らしい犬を連れて歩いているという通報が激増しているという(注1)。もちろん、ピット・ブルテリアは違法なので飼育していること自体問題ではあるのだが、愛犬家にとって最も気がかりなのは、同協会が運営する動物病院に連れて来られる重度に負傷した闘犬の数が爆発的に増加していることである。
同病院で長年治療にあたっている獣医によれば、事態は過去42年勤務している中で最悪だという。闘犬は違法なため診察前にそれとはわからないが、闘犬で負った傷はひとめでわかるという。たいていの場合、頭部を中心に体中にかみ傷がみられ、耳や時には眼球までが喰いちぎられていることもある(注2)。中には治療が不可能だったり、あまりにも凶暴なためリホームが不可能なので即安楽死に至るケースもかなりあるという(注2)。※( 防犯用警備カメラに撮影され身元が割れるのを防ぐため)

カジュアルな闘犬に関与する若者の中には普通の闘犬では飽き足らず、高層アパートの最上階で闘犬2頭をエレベーターに乗せ、一階に着くまでにどちらが勝つかを競うゲームなどを編み出したりとさまざまな工夫をこらし、残酷さにさらに輪をかけているという。子犬から育てた愛犬をこれほどまでに残酷に扱うことができるような若者が将来どのような人間になるのか考えただけでも恐ろしいが、国内でこのような若者の数は少なくないということ自体、非常に恐ろしいことである。

英国の低所得層の家庭では、両親または母子家庭において母親が麻薬常習者だったり、アルコール依存症を持っていたりする場合が多くみられ、このような家庭に生まれた若者は幼い頃に十分な愛情を受けずに育つため成人してから犯罪に走るケースが多いといわれている(注3)。

日本でも幼い頃に動物を虐待していた若者が殺人にエスカレートしてった神戸連続児童殺傷事件の例もあることから、この問題は社会問題として大いに注目すべきである。

筆者の住む北ロンドンにも最近、民営の低所得層向けの住宅が増えたせいか、それらしい犬を連れた若者をよく見かけるようになった。治安の不安や危険な犬を避けるため、夜間は犬の散歩に出ないようにしているので実態は把握していないが、他の愛犬家の報告によると、それらしい犬を数頭連れて路上でたむろっている若者を見かけたというような話はよく聞く。

英国の経済状況は今年の暮れから来年かけさらに悪化することが予想され(注4)、失業率が増え、行き場を失った若者が自分たちの娯楽のために、罪のない犬を体がぼろぼろになるまで闘わせるというこの残酷なスポーツを撲滅させることはまず不可能であろう。
従来、闘犬は労働者階級の賭博対象のスポーツとして発展し、英国で最もポピュラーな闘犬であるスタッフォードシャー・ブルテリアは、労働者階級の犬として知られる。ちなみに中流階級的な犬の代表的な犬種はラブラドールやスプリンガーやコッカーなどのスパニエル種がみられるが、労働者階級の飼い主の間でも人気があるのが特徴である。

日本では所得の格差は問題になっても、戦後、アメリカによる占領のおかげで階層というコンセプトは姿を消したので、階層というとピンと来ない読者の方も多いのではないだろうか。しかし階層社会であるここ英国では、それは 社会問題を語るうえでなくてはならないコンセプトなのである。

そしてカジュアルな闘犬は格差の広がるこの社会が生んだ反社会的行動(antisocial behaviour)なのではないかと筆者はみている。
社会科学者の卵としてこの国の階層制度に注目し、消費との関係について研究を行っているが、階層と貧富の差の問題が年を追うごとに悪化していくのは明らかだ。近くのハイゲート墓地で永眠するカール・マルクスが今生きていたら、現状を観察し資本論の続編を書いてもらいたいほどである。これも1970年代後半に始まったサッチャー政権によってもたらされた市場原理主義改革のおかげであり、そのせいで低・中所得層の国民にとって英国はほんとうに住みにくい国になった。

日本でも「改革」を歌い文句に市場原理主義が大々的に政策に織り込まれて行ったが、この国の格差の問題は日本と比べものにならない。これには歴史的背景が大きく影響しているのは間違いないが、それを学術的に説明するには詳細な研究を要する。とにかく、不況と格差のつけが罪のない犬に回って来ているここ英国は、動物愛護国というにはほど遠いということを強調して筆をおきたい。

(注1)http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/8288283.stm
(注2)http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/8534272.stm
(注3)http://news.bbc.co.uk/1/hi/health/2964666.stm;
http://www.politics.co.uk/opinion-formers/press-releases/children-and-family/alcohol-concern-too-young-to-cope-the-impact-of-parents-alcohol-dependency-on-children-$1218432$366411.htm.
(注4)http://www.bbc.co.uk/news/10305906

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