【犬と暮らす家(11)】設計から儀式へ〜コストとの戦い

【犬と暮らす家(11)】設計から儀式へ〜コストとの戦い

実施設計書の第1版が完成し、建築家の米村さんから現時点で施工を行なう予定である工務店、和光建設にわたり、そこから各施工業者に見積もり請求が流れました。

業者は木工事、土木、電気、板金、設備、塗装、タイル、クロスなど家を建てるにあたって数多くのジャンルに渡ります。これまで何件も難しい米村さん設計の施工をこなし、コスト配分もしてきた関連業者に、私達も施工をお願いするわけです。技術レベルも高く、またコスト調整もできる人材を確保している工務店とできていない工務店では、信頼度や安心度は大きく違ってきます。

そしておよそ1週間後にそれぞれの見積もり結果が出ました。それらを工務店がとりまとめをし、米村さんへ伝えられます。その一報をtwitterでいただきました。その結果は予想を上回る額で、なんと予算を480万オーバーというものでした。

一難去ってまた一難というのは、家を建てるという時にあるような気がします。ひとつひとつ乗り越えていかなければならない頂上がたくさん連なっているというのが実感でした。

まずは米村さんと工務店の間で調整です。これだけのオーバーのままでは着工は不可能です。施主の希望を確認しながらというよりも、まず建築家と工務店の中で削れる所を削り、提示した予算に近づいてから細かい所を詰めていくという流れになるようでした。例えばまっ先にロフトへの階段は梯子に、照明は裸電球型のソケットに全て置き換えられ、各業者に過去の費用計算などから細かいコストダウンを指示し、およそ2日で半分の240万が削減されたあと、初めての打合せになりました。この調子なら何とかなりそうだと期待したのですが、現実にはそんな簡単な話ではなかったのです。

私としてもオーバー額を聞いてすぐに思いつく所は片っ端から見直しました。ポイントとしては住んだ後でも対応できる部分や、コストパフォーマンスを重視する部分です。例えば風呂。ハーフユニットに造作という初期の予定でしたが、メンテナンス性や実用性やコストが圧倒的に抑えられる普通のシステムバスに変更をしました。当初INAXのラ・バスというシリーズで、引き戸と人造大理石浴槽は最低限要望を出してはいたのですが、INAXやPanasonicのショールームに実際に足を運び検討。最終的にはPanasonicの人造大理石浴槽の最もローコストな1616サイズのモデルで、扉も標準価格に含まれる折れ戸にする事としました。

エコキュートはランニングコストや深夜電力を有効活用という視点と軟水化も考慮し、追い炊き機能のないセミオート型とし、トイレは真っ先にタンクレスからタンク型に変更しました。これだけで20万以上変わってきます。しかし外せないものもありました。妻の要望の軟水機を費用に含めるという事や、IHクッキングヒーターは当初見積もりではラジエントが1つあるタイプでしたが、鍋は全てIH用に買い換える事から3口IHにしてもらう事で少々コストアップになってしまう所も。最安価格を調べて施主支給できる部分も検討しました。

他にも高価で定期的に張り替えが必要となるコルクの床は却下とし、見学させて頂いた米村さんの作品で使われていた、無垢のフローリングに蜜ロウワックスで仕上げたものが比較的いい感じで滑りにくかったので、安くて節が少なく木の質感や存在感が感じられるフローリング材をネットで探しました。これまでも安い値段を公表しつつ常時欠品という業者にラッキーにも在庫があった事から、木目が好みであるいわゆるアンティークグレード(キャラクターグレード)で最もローコストなカバ桜(バーチ)をベースでお願いすることにしました。

予算的に可能ならという事でメープルも補足で希望しましたが、平米単価が300円近く高いので、一応保留となりました。これらのフローリング材は回廊階段の踏み板にも使われ、全て自分たちでワックスを塗ります。ワックスは蜜ロウワックスか、妻が手作り石鹸用で使っているいろいろなオイル使おうという事にしました。

造作の収納棚については扉は必要最小限とし、その塗装も木製部分は納戸や寝室の引き戸からワークスペースの天板など、全て塗装なしで自分でワックスをかける事にしました。ただしキッチンだけは水に常時濡れる事を想定して、クリアのウレタン塗装をお願いしました。擁壁の塗装や仕上げも私たちの指定はなく、全ておまかせです。

私達の家は内壁が特殊な仕上げとなり、外断熱とする事からほとんどが構造体むき出しになる予定なのですが、サッシが入る所だけは内壁が作られます。そこにできれば珪藻土を使いたかったのをクロスとし、中庭側外壁のリシン吹き付け仕上げの下地にラス網を使わず、サイディングを使う方が構造的に強度も確保できメンテナンス性も高いという事で決定。数千円単位のコストダウンを地道に重ねていきました。

ほかに不要と言われたものですが私が個人的に入れたいと思っていたホームセキュリティは自分で交渉しました。私が会社に行っている間、妻とくーだけになります。車で出かけると車がないのが判ってしまう事から、完全な防犯ではないとしても、リスク対策上何とか入れたいと思っていました。さっそく大手2社にコストダウンをお願いし折衝した結果、最終的には月々も納得の運用コストになりました。

また建材では兄が材木小売業を営んでいるので在庫で使えるものがないかを調べました。しかし残念ながらまとまった量の使えるものがありません。無料で提供してもらえる面白い材料があっても、結果的に大工さんの加工工数がかかってしまうとメリットはありません。正直コストダウンに一番期待していた分、がっかりも大きいものでした。

見積もりや仕様、材料を見直しては概算を出してもらうのですが、同時に漏れもみつかり、せっかく詰めた分がトータルではまったく変わっていなかったりする事が毎週の調整で発生し、相当なストレスでした。このやりとりを何度行なったでしょうか。詰めれば詰めるほど希望を諦めなければならない部分がどんどんと出てきて、何のために家を建てるのかという事すらぼやけてくるほどに。予算が潤沢にあったらなんて思うのですが、米村さんに言わせるとどんな人でも必ずオーバーするものだそうです。そう、要望と費用不足状態は不思議と誰にでも比例するもののようです。

リフォームや建築系のテレビ番組で、よく施工費用が表記されています。しかし住宅設備や費用がどこまで含まれているのか、自ら費用調整を行なってはじめて、その数字の曖昧さを知りました。宣伝や建売住宅として売られている土地抜きで1000万円弱の家というのは、よほど規格品だけで組み合わされ、外壁は1Fから2Fまでまっすぐに立ち上がる構造で、ベランダも規格サイズ。階段やクロゼットの扉とかも全て大量仕入などでコストダウンをはかっているものが使われているのだろうと思われました。程度問題ですが、土地の価格だけはそう大きく変わらないという事からも、上物価格というものがその作り方や構造、材料で大きく変わるもののようです。

工務店との工事請負契約は住宅設備も全てを含むわけなのですが、実際私が建てようとしている家とはどこが違うのだろうと疑問が沸いてきました。しかし米村さんの他のプロジェクトと比較しても大幅に費用が変わらない事からも、やはり中庭回廊構造がコストアップに繋がっているのだろうという事が判りました。

芝生の庭も長年マンション住まいだった私には夢でした。くーが自分の家の庭で走りまわる、というのを夢みていた私は、どんなに小さい庭でも芝にしたかったのです。ですが当然外溝の費用なんかまっさきにカットされていますので、草木を植えるのは自分たちが引っ越したあとと思い、アプローチの階段や擁壁の補修以外、全てセルフとなりました。

そんな風に1ヶ月近くを予算調整だけに費やしてきましたが、正直楽しい時間ではありませんでした。実現できない計画は、また10年後、20年後に考えるしかないと自分に言い聞かせ、今は我慢するしかありませんが、基礎や躯体のコストダウンは住んでいる間の不安に繋がるので絶対に避けたい部分です。夢のマイホームなんて言いますが、現実にはどこを削るか、どこを諦めるかという葛藤を乗り越えなければならないもののようです。希望通りの家というものは、よほど資金がありあまっているごく一部の人だけではないかと思えました。

しかし住宅ローン減税を有効に使うためには、年内竣工を目指さなければなりません。となると着工は今月中が理想です。昔ながらの建て方をする私達の家は、およそ7ヶ月強かかるスケジュールになっているため、逆算して地鎮祭を2010年5月21日の大安に決め、その日に向けて米村さんと工務店と我が家はラストスパートに入りました。

建築費用以外にも実際には必要な費用があります。具体的には引越代やエアコン代、カーテンやカーペット、テーブルや火災報知機も別途調達しなければなりません。同時に今住んでいるマンションのリフォーム代もかかるため、銀行に融資してもらえる額で抑えたとしても、自己資金であと最低でも200万円は確保しておかなければなりません。

へとへとに疲れた工務店との建築請負契約前調整フェイズも、いよいよ大詰めです。地鎮祭の前日に5度目の見積もりアタック。この日に施主と工務店と建築家3者の同意が得られ、建築請負契約が締結できないと明日の地鎮祭も中止になりかねない状況で、話し合いが行なわれました。

前日に工務店から提示された見積額はなんと内々調整で20万円オーバー。もうこれ以上まったく削る部分がないという状況で最後の最後にこれは正直お手上げとも言える額です。これでは銀行の融資額を越えてしまいます。

オーバーの理由はまた漏れが見つかったためとの事から私達は憤りを感じ、せっかく温厚に進められてきたコスト調整も一触即発な雰囲気になりましたが、米村さんが調整してくださり何とか20万円以上を削減。無事明日の地鎮祭に望める事になりました。

この曖昧とも感じる金額調整には一長一短あり、それこそ大工さんの工数やトラックの台数や往復などをきっちりと計算に出したらとてもではないですが確実にオーバーしてしまいます。それを少しの曖昧さで金額を出さなければならないため、こういう金額のギャップが生まれるように思えました。ある程度工務店とその下請に出す業者との間に信頼関係がなければ実現できないものです。

逆にあまり建築家と工務店が癒着しすぎると、交渉すらできなくなったり、組織ぐるみで金額調整が行なわれてしまいます。建築家と設計監理契約を結ぶという事はとても重要な事のように思っています。前提としてその建築家が1社ではなくいろいろな工務店と家を建てており、よい関係を過去の物件からみて築いていて、それを次の施主にオープンにしている事が条件ですが、その場合建築家が施主の立場に立ち、最初から最後まで施主の利益を守るために調整をしてくれるはずです。多くのフリーの建築家の方は、信頼と作品を何よりも第一にしている分、それを失う事ような行動はまずできないはずです。

結果的には当初予定額として提示していた金額を200万円オーバー。土地代を除いて融資限度額いっぱいになってしまいましたが、何とかその枠内で建築請負契約を締結する事ができたのでした。

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