FUKUSHIMAの動物たち(ドイツから)

FUKUSHIMAの動物たち(ドイツから)

ドイツではもうFUKUSHIMAという地名を聞いたことがない人はいないだろう。TOKIO(東京)の次に知れ渡る日本の地名となった。フクシマ=日本のGAU。GAUとは原子力発電所の大事故のことをいう。この2ヶ月、「フクシマでは……」というニュースを耳にしない日はない。

福島の餓死していく家畜のニュースはドイツでも大きく写真入りで報道された。ドイツ人の友人たちはみな私に、「なぜ日本政府は家畜を餓死させるの?」「日本は動物を見殺しにしているの?」と聞いた。

ベルリンに住む日本人獣医師Aさんは毎晩徹夜して日本と連絡を取り合っていた。Aさんは、日本の獣医師が福島の動物を視察して作成した分厚い報告書をドイツ語に翻訳し、私は英語に翻訳した。写真が70枚あって、それぞれに解説がついていた。

死んだ仲間の上で、かろうじて息をしている豚。
馬の死体。
まだ生きている厩舎の馬の目が人の姿を追う。
仲間の死体の横には、骨と皮だけになった牛たちがいて、生きてはいても、立ち上がることさえできない。
水を飲もうとしたのだろう、排水溝に入って、そして出られず溺死した豚。
鶏たちが餌箱に頭を垂れたまま息絶えていた。

この報告書を見たAさんのドイツ人獣医仲間は泣いたそうだ。
撮影した日本の獣医師は、「マスコミはこのような悲惨な写真を取り上げない」と講演で言っていた。(翻訳の数日後、私は名古屋での講演をUSTREAM実況で見た。)

翻訳する間、私は感情的にならないように努め、目の焦点を写真に合わせすぎないようにしたが、私の目はどうしても、まだ生きている動物たちの目に向いてしまう。こんなに苦しい翻訳はなかった。取材は4月中旬のものだったので、あの生きていた動物たちはもうこの世にはいないだろう。牛や豚や馬はあのまま餓死したか、生き残った動物たちはもう殺処分されただろう。逆性石けん(消毒剤)の静脈注射で。

最後の頁には犬猫の写真もあった。交通事故にあった猫の死体と、獣医師に近づいてきた犬たちの写真もあった。あの犬たちは保護されただろうか。だが、いったん保護されても、引き取り手が見つからない犬猫には、「管理センター」、「愛護センター」と呼ばれる殺処分機関で、狂犬病の発生を未然に防ぐためという、現実的には限りなくゼロに近い可能性の大義名分のもとで、ドリームボックスに送られ苦しい窒息死が待っているだけではないのか? 

Aさんは大使館を通じて官邸に動物(家畜、ペット動物)保護の要請をしたが、ドイツの動物保護協会はすでに要請していたらしい。私のまわりの友人たち(日本人とドイツ人)も日本大使館や、日本の国会議員や、日本の畜産課に手紙を送った。手紙もファックス・レターも(十中八九)ゴミ箱行きになるだろうとわかっていても、そうせずにはいられない気持ちだったのだ。

私は福島に行って救済活動している人たちと連絡をとった。こんな時、インターネットのありがたさが再確認できる。講演を実況で見ることができるという点でもインターネットは頼もしい。(講義は日本で13時、時差があるのでドイツでは朝6時開始だった)。一昔前までは出来事の報告を事後報告として聞くだけだっただろうが、今では日本の反対側にいても進行状態が手に取るようにわかるのだから。しかし、Aさんのように獣医師として日本とリアルタイムでコンタクトを取っていると徹夜になるだろう。彼女には本当に頭が下がる。

今回、行政は「動物は命のうちに入らない」という態度を押し通した。一握りの国会議員が報告書を書いた勇気ある獣医師と一緒に福島の動物を視察しに行ったことがせめてもの救いだ。彼らは生き残っている家畜たちに水や餌を与えた。
動物も救いたいと思った人々は日本中に大勢いて、そして、その人たちも国や県が実際は何もしないことに気づいたようだ。「国が救わないのなら、自分たちで救おう」というキャンペーンを見た。東京では5月8日に「動物も救おう」というデモもあった。現地を取材した獣医師のことも含め、記事にした新聞記者もいず、ニュースにしたテレビ局もなかったようだ。それとも取材はしたけれど「動物のことは、ちょっとね」とボツにされた、ということなのだろうか。(2011/5/13)(ドイツ 小野千穂)

追加情報(5月13日)

「家畜の殺処分はとりあえず【安楽死】ということで、今頃動物医薬品規制に関わる獣医達が高濃度麻酔薬のk緊急輸入に奔走してくれているはず」という連絡が獣医師から入った。


 

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