【犬と暮らす家(14)】設計から儀式へ〜上棟式

【犬と暮らす家(14)】設計から儀式へ〜上棟式

大安吉日。とうとう上棟の日がやってきました。

上棟式は建前とも呼ばれ、建物の守護神と匠の神を祀って、棟上げまで工事が終了したことに感謝し、無事、建物が完成することを祈願する儀式と言われています。

平安時代初期から行なわれ、居礎(いしずえ)、事始め、手斧始め(ちょうなはじめ)、立柱、上棟、軒づけ、棟つつみ等の建築儀式があった中から、現在は建築儀式を代表する形で上棟式だけが今でも行われていると聞きました。実際時代を経てその形は随分変わってきたようですが、一般的に新築の家の土台が出来上がり、柱、梁、桁、力板などの骨組みが完成したあとに執り行われます。

我が家のように在来の木造軸組工法の中でのその儀式は、棟木を棟に上げる時に、魔よけのための幣束(へいそく)や幣串(へいぐし)と呼ばれるものを鬼門に向けて立て、四隅の柱に酒や塩、米などをまき、天地四方の神を拝みます。地域によっては、餅まきと呼ばれる餅やお金(硬貨)をまくところもあります。

また、上棟式は地鎮祭のように神主を呼んで執り行う事は稀で、今は棟梁が略式で執り行う事が多いと聞きます。2礼2拍手1礼や、お神酒を捧げる一連の儀式を行い、棟札に上棟年月日、建築主などを書き、幣串と共に棟梁が一番高い棟木に取り付けられ、クライマックスとなります。

本来、上棟式は無事棟が上がったことを喜び、感謝、祈願する儀式のはずですが、現在の上棟式は「儀式」というよりも、そのあとに施主が職人さんをもてなす「お祝いの宴」の意味が強くなっている事が多いようです。

我が家も多分に漏れず、料理とお酒と引き出物、そして御祝儀を用意しましたが、何にしても初めての経験なので色々調べてみると、微妙にスタイルが違うケースがあるようでした。工務店にもよるようですが、今回施工をお願いする和光建設はこの儀式を軽んじず、施主と施工者の交流の場として毎回しっかりと執り行っています。面倒臭いとかコスト削減で省かれる事も多いようですが、めったにない機会なので、私たちは是非という気持ちで望みました。

上棟式前夜、久しぶりにゲリラ豪雨が現地を通過し、予報に反して朝まで雨が残りました。その上夕方にはまたゲリラ豪雨がある可能性を含んだ予報の中、現場に出かける準備をしているとクレーン車スタンバイのメール連絡が入りました。あわててクーラーボックスや引き出物やらを積み込んで現場へ向かいます。

10時半に到着すると、既に1階部分の柱がすべて立っていました。大勢の職人さんが動きまわっており、道路にはプレカットされた材木の束が何カ所かに置かれています。そこには私の名前が書かれており、我が家のために加工された材料である事がわかりました。ちょっと恥ずかしい気持ちです。

前面道路には巨大なトラックが次々と入ってきて、クレーンで材料を一旦路上や庭に下ろしては、職人さんが組み上げていきます。朝方クレーンが入ったころはまだ小雨が残って基礎には水たまりも出来ていたとの事でしたが、昼ころには青空が覗き気温もぐんぐんと上昇。棟梁が梁の上を飛び回り、威勢の良い声があがります。このショーが私たちの家のために行われている事に、ちょっと感動していました。

クレーンが絶妙な運転で電線をかいくぐって材料をあげています。オペレータの方は吉祥寺の家とメダカハウスでも鮮やかなクレーンワークを見せて下さった方です。そしておよそ2階部分の床の合板が張られてからお昼休憩となりました。お昼は皆それぞれが取り、私たちもコンビニで弁当にしました。やっと待機から開放されたくーを連れて組上がったばかりの1Fのフロアで食べました。棟梁たちはひんやりしているガレージの中で食べているようです。これまで何もなかった所に柱が立ち、風がその中を吹き抜けていました。

午後に入り、続きの作業開始です。ほとんどの人がまだ柱が建っていない2Fにあがり、クレーンから渡される材料をくみ上げていきます。最初に外周の柱が建ち並び、下からは逆さ掛矢という器具を使い、上からは木のハンマーのような掛矢を使い、当て木がされて梁が打ち込まれます。唯一の鉄骨であるロフトの支えの梁が組まれ、屋根の垂木も次々と施工されていきます。あっという間に模型でしか見たことがなかった家の骨組みが、現実にそこに立ち上がりました。

15時前にクレーンの作業は終了。小さくアームを格納して現場を離れていきました。その後注文していたネットスーパーのデリバリ車がやってきて、大量の保温バックとコンテナが届けられました。宴会用のビール3ケースにソフトドリンク10本、焼酎2本にロックアイス4袋ですが、足りるかどうか心配な所です。ただ飲み物はキンキンに冷えているので、汗を流した皆さんに何よりのご馳走になります。

次に車で予約しておいた大皿の寿司とオードブル詰め合わせをそれぞれ3皿を引き取りにいきました。現場に戻ると既に上棟式の用意が整っており、宴の準備もされています。簡易電源から照明が設置され、すっかり宴会準備完了という状況でした。テーブルに料理や飲み物を運んで並べ、写真もそこそこに祭壇が設けられた2階へ梯子を昇りました。

2Fの中央にはこれから組み上げられる材料の上に、持ち込んだ捧げ物が並べられていました。施主である私と妻を中央に、栗原さんと木梨棟梁、米村さんに挟まれ祭壇の前に並びます。横には建築事務所の若手のスタッフが撮影役として、棟上げをされていた職人さんたちは前面道路で待機中です。

最初に栗原さんが難しい式の祝詞を読み上げ、塩、米、お酒を祭壇にかけて清め、2礼2拍手1礼。その後、1Fに降りて四隅でそれぞれ施主、工務店、電気屋、建築家、そして棟梁の順に清め、上棟への感謝と今後の施工や関係者の安全を祈祷しました。そんな私たちを見下ろすように、最も高い位置にある梁に飾られた弊串と破魔矢が見守っています。

儀式が終わるといよいよ職人さんへ感謝の宴が始まります。キンキンに冷えたビールを配り、全員が起立。棟梁の掛け声で、およそ30人もの関係者が私たちの家のために乾杯をしてくださいました。

今回寿司やオードブルをメインに、乾物も業務用を少し用意していましたが、出来合いではなく何かひとつは手作りをと、お酒にあうローストビーフをその場で切り、ホースラディッシュとあらびきマスタードとぽん酢の3種を添えて出しました。

作り方は簡単です。2日前に3kg分の牛モモ肉の下ごしらえをし、塩胡椒をすり込みにんにくのスライスを埋め込み、おろしたたまねぎと醤油とワインにローリエなどのハーブも加えて一緒にジップロックに入れて寝かします。それを前日の夜にダッチオーブンで表面に焼き色をつけたあと、50分ほど焼いて鉄串を刺し、まん中がうっすらとピンクになるように仕上げて冷しておいたものです。

この宴ではじめて棟梁とじっくり話をさせて頂きました。くーも力関係がわかるのか、棟梁の足元にくっついて離れません。今後作り付けの家具を担当する草間さんや塗装を担当する清水さんも立ち寄ってくださり、賑やかな宴となりました。これから自分の家を建ててくれる人の顔が見える事に嬉しさを感じます。

またこのチームのひとつ前の現場であるメダカハウスの施主が、家族総出でお祝いに来て下さりました。建築家に依頼するという事はいろいろ未知の世界でしたが、建築家の人柄や力量によっては、竣工後も長くお付き合いしていける関係が築けるという事を証明して頂いた気がします。クレーム産業と言われる建築業界では難しい事なのかもしれませんが、少なくともこれまでの現場を見させていただいてきて、先輩施主と交流をさせていただいてきて、あらためて安心してこのチームに家づくりをお願いできるという気持ちを証明してくれている気がします。

よく米村さんは家は買うものではなく、建てるものだと言われます。これはこういう時間を経てひとつの家を建てていく事から生まれる言葉だと思いました。少々の行き違いや議論があってもそれは人と関わって何かをする上では普通の事です。こうして実際に引き渡しが済み、住んでから笑って話ができる先輩施主の存在からも、こういう建て方に決めた事が間違っていなかったと思えるのでした。

この宴の中で私はスピーチをしたのですが、まさにこの事を話しました。この信頼から施工をされる職人さんへのモチベーションと繋がり、設計監理をされる米村さんのプライドに繋がるものではないでしょうか。

結局宴は16時から21時まで続きました。正直な気持ち静かな住宅地に対してひやひやでしたが、一部泥酔されてしまった職人さんが出たほど皆さん楽しくお酒を飲んで頂いたようで、施主としては嬉しい限りです。最後は片づけをし、お祝いの日本酒はラベルだけ私たちが記念に頂き、あとは皆さんで飲んで貰う事にしました。

現場には車でやってくる職人さんばかりなのですが、今ではめずらしくしっかりと宴に参加するという心構えから、上棟式では事前に運転担当の人が決められてお酒を我慢し、みなさんを送り届けていかれるそうです。

参加して下さった職人の皆さんに、私たちの気持ちは伝わったでしょうか。感謝の気持ちを忘れずに、そして今後工事にかかわる皆さんが怪我なく、楽しく仕事ができますように、と心から願っていました。

私たちも既に眠そうなくーをそっと載せて、帰路につきました。早速明日から本格的に建築がスタートします。梅雨時なのでまずは屋根の施工から始まるそうです。その他は防水シートがかけられ、しばらく蒸し暑い現場になりそうです。

上棟式。それは人生に1度経験できるかできないかの事です。今回あらためて、やってよかったと思えました。

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