【犬と暮らす家(17)】現在建築中〜階段の施工
【犬と暮らす家(17)】現在建築中〜階段の施工
建築家の方は、作品にニックネームをよくつけられます。それは単に地名が入っているだけの家もありますが、センスも必要なようです。
建築家の米村さんの作品でも、特に印象の強いプロジェクトには、個性的な名前がつけられていきます。メダカの泳ぐ小川が家のまん中を流れる「めだかはうす」、「田園風景まっただ中の家」、「展望バルコニーのある家」など。我が家はその名から想像が難しいのですが、「まわる家」というネーミングをいただきました。別名、くーの家。くーと楽しく暮らすための家です。
まわる家のネーミングの元は、回廊階段があるaためです。わざわざ階段棟だけを母屋と別のユニットという感じに独立させ、6畳ほどの中庭をぐるりと回り込ませます。2Fがリビングという事もあり、来訪者が来ると出迎えるのに、まず1Fに降りるのに1回、外門に出るのに1回と、中庭をぐるりと2周まわらなければ出られません。ある意味動線はまったく無視している家であり、普通の人ならば選択しない構造でしょう。
平屋以外の戸建てでは、階段というものは家の中で最も無駄とも言えるスペースとも言えます。できるだけ小さく急に造るのが常識ですが、私たちはこの階段を敷地が許す限り緩やかに作って欲しかったのです。短足犬のくーが、階段の1段に完全に乗る事のできる奥行きと、軽く乗り降りできる段差。理想を言ってしまえばスロープや平屋だったのですが、都心に近い土地ではそんな広大な土地は夢でした。
まわる家はこの階段がシンボルとなり、施工も現場で1段1段職人さんが手作りしていく事になります。中庭がある分、外壁も余分に必要な訳で、このあたりがコストアップに繋がってしまう所ですが、建売住宅では実現できない構造でした。
具体的には1段が踏み面の奥行きは45cm、蹴上げ高は15cmというサイズで、階段の1段にくーが完全に乗れる大きさにしました。実はこの構造は短足犬向けという事だけではなく、歳をとった人間にもやさしい構造になるわけです。
ほとんどの住宅は側板と踏板が工場で組み上げられ、ほぼ完成した階段ユニットが現場に運ばれてきます。あとはそれを設置するのですが、まわる家の場合はそれら全てが現場で大工さんの手によって加工・施工されていく事になります。暑さが本格的な季節、しんどい作業だった事でしょう。
階段の下地も当初12mm合板で造られる予定でしたが、現場の大工さんから下地として弱いと指摘いただき、工務店の栗原と米村さんとの話し合いにより、30mm厚の集成材でしっかり造っていただく事になりました。使用する材はイースタンホワイト、やわらかめの北米産のパイン材です。そのままでも充分な階段素材なのですが、この上にバーチ(カバ桜)のフローリングが張られます。階段などはきしみやゆがみが時間とともに出やすい場所なので、よりしっかりした造りになってくれる事は嬉しい限りです。
階段の踏み面の縁には、滑り止め用の溝を一段一段手加工。機能的かつくーの爪がひっかからないように絶妙な深さと曲線で削られました。我が家のシンボルでもある階段は、こうして職人さんの手によって美しく丁寧に仕上げられていきました。
工事ではそれぞれの担当がおられるのですが、我が家の場合は主に経験豊富なベテラン大工の玉川さんが、上棟後から通しで施工をしてくださいました。住まいは千葉の方なのに、毎日まわる家に通って暑い中仕事をしていただき、言葉少なく寡黙に黙々と施工を進め、くーも笑顔で撫でてくださるまさに絵に書いたような昔ながらの職人さんです。
建築の現場ではコロコロと違う大工さんが入れ代わる所もあると聞きます。しかししっかりした腕の職人さんが通して現場を守ってくださる場合では行き違いやケアレスミスが防げ、また施工の精度も落ちません。今回玉川さんのようなベテランの大工さんに居ていただける事は嬉しい限りです。
またこの現場では電気工事担当の安藤さんの出席率はとても多いのも特徴でした。構造体が露出するまわる家では、通常内壁ができる頃に一気に配線をする一般的な建て方とは大きく違っていました。なので私たちが土曜に顔を出すと、確実に玉川さんはおられ、安藤さんもよほど他の現場での仕事がなければ同席されていました。どちらも犬好きなのも嬉しい限りです。
階段には、くーのための専用窓が3カ所造られました。まず1F土間からあがると、2段目に中庭に向いた大きいFIX窓が踏み面と同じレベルであります。くーが伏せをしていても、中庭を一望できる位置になります。
次に中間地点である90度方向が変わる踊り場に、外門や前面道路を見下ろす南西向きの小さめのFIX窓がありました。ここも踊り場の床面と窓枠に段差はなく、シームレスに窓があります。くーはここで前の道を行き交う人を眺めたり、飼い主が出かけたり帰ってくるのを眺める事ができるようになっています。ここはまわる家の中で最も外部からくーの存在が感じられる場所になります。
そこからもう少しあがった所に、同じく小さめのFIX窓が中庭に向いてありました。ここからは中庭とその向こうに見える土間側の窓を見下ろす事ができます。逆に中庭側からこの窓を通過するくーを見ると、おなかや足先がよく見える位置関係になり、昇り降りの時にそれを確認できます。まるでテレビにくーが映っているようです。
階段を昇りきると、図面上では三角形のデッドスペースがあります。ここに厚い天板の大きなテーブルを低座椅子で座って丁度よい高さで壁付し、常設のミシンやパソコン2台が並ぶワークスペースになります。
座った位置から、テーブルの向こう側に配置された大きなFIX窓からいい眺めが見えました。視界の下に対面の家群の屋根が少し見えますが、その先にはもっと標高が低くなり、遠くまで見晴らしがよい風景が広がります。晴れた日には遠くに秩父の山並みが望め、予想以上に見通しがよい空間の中で一番のビューポイントでした。
ワークスペースの背面は床下までの履き出し窓になるため、とても明るいスペースとなります。手すりとくーの落下防止のために床から50cmの高さまで強化ガラスが入り、その視界を妨げる事なく中庭を見下ろしつつ、風や日差しを取り込めるようになっています。
床材は2Fに昇りきると同時にバーチからメープルに切り替わりますが、ほとんど同じような雰囲気なので違和感はありません。あえて言われないとわからないぐらいです。今の段階ではまだ養生されており、全貌がわかるのはもう少し先のようでした。ワックスをかける日が楽しみです。
また施工された階段の下はデッドスペースになるので、中庭に接した扉から土足で入るウォークインクローゼットとして使います。階段下には断熱材が入り、ケイカル板で覆っているため、天井は斜めに段々と低くなっていきますが、敷地にして約3畳分が確保できました。
最も高い所は2m以上ありますが、低い所は20cmほど。地面は全て基礎コンクリートなので、外気と同じ気温・湿度になります。照明もコンセントも付け、以前使っていたエレクターを流用して収納棚、キャンプ用品や靴、園芸用品などを収納するスペースとして使う事に。カビが出ないように換気をまめにする必要がありそうです。
またここには、当初の計画から私のバイクを停めたいと思っており、ここまでバイクを上げるべく、ゆるやかな外階段には金属製のラダーレールが約22度ほどの角度で渡されました。バイク自体はオフロードバイクとはいえ慎重に上げ下ろししなければならないでしょう。今後はタイヤが滑らないテニスのハードコートの表面のようなシートを貼ろうと思っています。
昔のようにリッタークラスの大きなバイクに乗る夢もまだ持っていますが、その時は車の後ろに壁に寄せて停められるかなと思っています。またもう1台スーパーカブ90もあるので、オフロードバイクが難しくても、それならば上げ下ろしは余裕でしょう。
こうしてゆるやかな階段は外側も内側も利用価値が高いものとなります。単に昇り降りするだけの階段が、付加価値を持った楽しめる空間になってくれると考えていました。
しかしこの頃、くーの体に大きな異変が発覚します。正直な所、くーの命にかかわる大事件でした。家の建築の進行どころではなくなってしまいましたが、私たちは8月はしばらく現場を離れ、くーの治療のために集中させていただきました。
米村さんや栗原さんは、その事情を知った上で、現場の状況について私たちが安心できるよう、毎週のように写真や情報を送ってくださいました。