【犬と暮らす家(24)】くーの家〜犬と暮らす家
【犬と暮らす家(24)】くーの家〜犬と暮らす家
2010年12月。まわる家へ引越してから、くーは無事8歳の誕生日を無事迎える事ができました。
実はこの家の建築がはじまってまもなく、くーに甲状腺癌がみつかり摘出。その後転院して抗癌剤治療や免疫療法などのために、毎週病院通いを続けていました。
一時はくーと楽しく暮らすために建てている家なのに、くーがいなくなってしまうのではないかと気持ちは動転し、困惑と絶望の日々を過ごしたのも事実です。病院や医師によって治療方針がまったく違い、私たちは誰も頼れる人がいなくなってしまったのです。
妻はホリスティック系の資格を持っていたり、犬の行動学などの勉強をしていましたが、免疫に関する知識はさすがにありませんでした。必死に癌というもの、免疫というものに対して生物学や化学の分野まで短時間で勉強し、結果的に自分たちが後悔しない納得のゆく治療方法を行おう、治療をサポートしてくれて、私たちが納得できる説明ができる医師のいる病院で、できる限りの治療をしようという結論を出しました。くーは私たちの大切な大切な家族ですから。
今、ささやかですがこうして家族揃って新しい家で新年が迎えられる喜びを噛みしめつつ、完治という言葉が存在しない病気との付き合いを今後も続けつつ、始まったばかりの戸建生活を楽しんでいます。くーは新しいこの家が気に入ってくれたでしょうか。
そして今、早いものでこの「まわる家」に住み始めて10カ月が過ぎました。冬からはじまり、春、暑い暑い夏、そして秋風が吹く季節と、ほぼ季節を一周した事になります。
そんな中で感じた事、起こった事、分かった事などを書いていこうと思います。
引っ越した時は真冬でした。庭の土に霜柱ができる日も、蓄熱暖房機が家全体を暖めてくれました。断熱性能は過剰なものではないですが充分に性能を発揮できる設計になっているため、吹き抜けとロフトという構造からほとんどワンルームな室内を必要なだけ暖かく保ってくれました。
この家には建築家米村さんのノウハウで、ローコストかつ効果的なパッシブソーラー的な仕組みが組み込まれています。ロフト近くの温まった空気を、1Fの床下までグローファンで強制的に下ろし、室内の空気を循環させる事で室温をある程度一定に近づけます。そして空気を汚さず埃をたてない暖房機である蓄熱暖房機や、取り込んだ太陽熱を有効活用する事で実現しています。
私たち夫婦は旅やキャンプが好きで、焚火もよくします。薪ストーブにも憧れはありましたが、都会にそれは必要ありません。近所への煙も、充分に乾燥させた薪を入手する難しさやコストも、燃焼させる事で発生する空気の汚れも、高気密高断熱住宅からは相反する装置です。それがしたければまたキャンプにでかければよいという気持ちでした。旅はきっとこれからも続けていきますから。
IHを使う理由もそのひとつです。ガスの燃焼に伴う上昇気流や拡散がなく、空気を汚す事もありません。実際に使って体感したのですが、レンジフードやキッチンまわりも驚くほど汚れませんでした。部屋の中も料理で油汚れが飛散しないため、半年以上経った今も掃除が必要に感じられません。電磁波の問題を言えば、実際に普及率や健康被害状況の実績数に対し、ガスが燃焼する事によるデメリットなどを総合的に比較した上で分析は難しいのも現実で、大きなリスクに繋がるとは思えないという結論に達しました。
また阪神大震災を経験した妻は、電気の復旧が最も早く、ガスが最も遅く危険だったという事を身を持って経験しています。震災で電気依存を否定する意識は高まっていますが、その電気を効率よく使うオール電化は、主に余剰電力である深夜電力を有効活用する仕組みです。電気なくてはガス設備も使えない現代では、より効率よく低電力な住設機器を活用し生活する事を私たちは選択しました。事実、最も冷暖房を使わない6月の光熱費は、少し気をつけただけで水道代を除き4000円強で済み、真夏の最も暑い時期でも8000円弱という状況でした。
室内の換気は各角度で2ヶ所の窓を開ける事で、微風でも家の中の空気が入れ代わるように窓がレイアウトされています。小さい窓でもそれが風の通り道になれば、必要な時に必要な時間で換気が行えます。
またある程度活動範囲が広がった事で、くーはその時に一番快適な場所に自ら移動をするようになりました。前のマンションでは狭くてしたくてもできなかった、冬の家の中での日向ぼっこもよくするようになり、その季節で一番快適な場所は、くーが一番よく知っているのがわかります。友人に作ってもらった低座椅子もすっかり文字通り、くーの椅子になってしまいました。
最初は2Fリビングの傍らに常設されるカドラー。一応ここがメインの居場所です。他にもいつのまにかハウスになってしまった造りつけのローボードの棚も1つを専用として開放。飼い主が食事や食後くつろぐリビングのローテーブルの周辺にあり、基本的にはいつも一緒です。
次にワークスペースのテーブルの下。パソコンやミシンをやっている時は、涼しく静かなのかもぐり込むようになりました。しかしコンセントなどがある事から、危険がないようにバリケンを1つ置いてやると、すっかり気に入ったようでこの中でもよく寝るように。みかけないなと思うと、大抵ここで寝ています。そして階段を登り切った角も定位置のようで、壁に背中をあてつつフローリング上で横になっている事もあります。
2Fにいられる季節や、暑い日でもエアコンをきかせている時はこんな感じですが、節電目的や2Fにいなければならない理由がない場合は、夏場は涼しい1Fへと移動していきます。
暑くなってくると階段を下っていき、踊り場、そして1F土間から2段あがった所で階段を占有する形で寝ころがったり。そして最終的には1Fの石のタイルでひんやりした土間へ行き着きます。そこが我が家で最も涼しい場所という事を証明しています。
今年で言えば最も暑い日で外気温33度程度、室内は2Fが35度の日でも、1F土間周辺は29度を切りました。土間のタイル面はもっと冷たく感じます。しかしだからといって、下に断熱材がしっかり入っているので真冬に冷えすぎるという事もなく、家の中では原則裸足という私としても、冬場耐えられない冷たさとは感じませんでした。きっとこれが土間に置かれた蓄熱暖房機のおかげではないでしょうか。
この夏も最も暑い日は夕方16時ぐらいが我慢のピークで、そのあたりから1Fのエアコンをかけて妻とくーは過ごしていました。それまでは窓を全開にして生活できたので、しっかりと断熱効果が機能している証明にもなりました。
窓をあけていると気になるのが周辺での喫煙です。マンション生活時代はもう下階の夫婦がヘビースモーカーで、季節のよい春先や秋は常に臭く、たまったものではありませんでした。しかしこの家では煙たさを感じる事はまずありません。安心して外気を取り込む事ができました。
雨の日もくーは基本的に家の中ですごしますが、動ける場所がある分、その時に気に入った場所に勝手に移動していました。雨のあたる窓を眺めていたり、雷で光る空を中庭ごしに見たり気まぐれに過ごしています。
階段の踊り場で外を眺めていたり。誰か通ると尻尾をぶんぶんと振り、通行人が気がついてくれるともう大興奮でした。近所でもちょっと話題に出るほどで、特に子供には「ワンちゃんがのぞいている窓」と言われたりしました。最近では私が帰ってくる30分程度前になる踊り場の窓で待機。私が帰ってくるのを待ってくれています。私を確認すると急いで玄関に移動し、玄関をあけると尻尾を思いっきり振って、おかえりと飛びついて歓迎してくれます。
前のマンションでは、くーの目線では外は見えるポイントがひとつもありませんでした。たまに飼い主が外を眺めて話をしていると、くーも私も見せろとつついてくるほど。ベランダも人すらまたがないと出られない構造だったので、この家では床のレベルと同じに窓があり、くーの目線での視界が確保されている事がとっても嬉しいようでした。
高い所から下に首を出して覗き込む、という行為はさすがに犬ですので怖くてできませんが、立っているポジションで自然と下の土間や前面道路を歩くの顔がよく見えるという事は、退屈しない構造のようです。四つ足の動物なら、きっとこういう構造が安心できつつ楽しいのではないでしょうか。
犬友が遊びにきてくださった時も、普段は階段の昇り降りをしない子たちも、低く広くつくった階段で登ったり降りたりして遊ぶなど、まわる家のシンボルとも言える空間を楽しんでいたようです。無駄といわれる動線構造でもありますが、こういう楽しみを生んでくれるのでした。
他にくーのためにつくった設備としては、FRP防水を天井と出入口側以外全て施したトイレコーナーがあります。当初の目的では床にグレーチングのスノコのようなものを敷いて、排泄後にシャワーで水を流せば、次に使う時までに乾いてくれるだろうと思っていました。
しかしFRPがゲルコート仕上げのようなものではなく、屋根防水のようにざらついた仕上げになってしまった事と、排水口のつながり部分がどうしても保証上難しいと言われた事で、結果的には網の上にペットシーツを敷きつめて使っています。はみ出し防止や洗う事が楽で、かつパウダールーム内にあるという事から換気も充分にでき、匂いも抑えられてよい感じです。
玄関脇に造った外流しも、当初くーの足洗い場所やガーデニング用として考えてつくったのですが、現実的にはほとんどガーデニング専用となっています。よほど汚れた時以外はこれまで通り、掃除のしやすいクッションフロアーのパウダールームを通って、バスルームまで誘導して洗っています。
土間の縁側コーナーは、ちょっとくーには高さがある事から、今後の課題ですが檜のスノコスペースを延長しようと考えています。人が腰掛けるには丁度よいのですが、くーは平気で飛び下りてしまう微妙な高さでもあり、下は固い土間のタイルなので足や関節が心配です。できるだけ早くに対処したい所です。
階段はもう文句なしです。奥行きも広く低いもので、人間にとっても楽なだけでなく、階段の踏み板がサッシ枠のレベルときっちりあっているのがとても美しく、壁や窓との繋がりが窓との一体感を感じさせてくれます。くーにとってどの窓でも外が眺めやすくなっているのも、そうした造りのおかげです。
メープルとバーチのフローリングは予想よりちょっと滑りやすいですが、自然なざらつきと蜜蝋ワックスにより、ここで全力での運動をさせない限りはまったく問題なさそうです。家の中でボール遊びをする事は考えてはいませんでしたし、する事が何の意味もなさない事も感じていました。それをしたいならば、庭の芝の上でいくらでも安全にレトリーブやハードル遊びは可能です。そう、庭もくーのための重要なスペースです。
散歩環境も大きくかわりました。これはこの家の構造とは別ですが、土がまず限りなく100%に近くない前の都心では、公園の芝や雑草の生えた斜面が唯一の足にやさしい場所だったり、圧倒的に歩いている人が多くのんびりと歩く事ができなかったり、車の交通量はとんでもなく多い場所でした。しかしこの周辺には土が露出している地面がどこにでもあり、主要な道路をはずれると人とすれ違う事も少なくなります。
足を汚したくない散歩の場合は、歩いて10分以内の範囲の車がほとんど入ってこない住宅地を使います。ちょっとアクティブに散歩をしたいならば斜面のある緑地公園が2ヶ所。川沿いの土手にある遊歩道など。そして思いっきり走り回らせたい時は、それができる原っぱがあります。これだけでくーには大満足できる環境です。
それに車の出し入れも楽になった事により、無料の大きな駐車場のあるスーパーは選びたい放題。大規模なディスカウントショップやホームセンター、100均なんかも車で5〜20分以内に何軒もあり。図書館すら車で楽々です。このエリアに引っ越そうと考えた当初の目的でもあった雑木林と広場のある公園までも車で15分程度。他にも同じような大規模な公園が数カ所あります。車に乗せて安全な空間まで連れていってから、思う存分散歩をするという事も、近所で可能になりました。
今では近所に犬友もでき、少しづつ地元になじんできているように感じています。くーは都会の女から田舎の女になり、人間の都合で抑止されたり制限される事も減り、ストレスも圧倒的に減った事でしょう。
「犬と暮らす家」をテーマに、家を建ててしまった私たち。正直親バカとか、呆れられている事も多々あると思います。諸事情により子供がいない私たちは、犬が家族であり、愛すべき子供であり、家族だからこそ一緒にどこにでも行き、旅もする。私たちからみれば別に特別な結論ではなかったのです。
子供の学校が近い環境、子育てがしやすい環境という条件で、家を買ったりする人はとても多いでしょう。しかし昔ながらの工務店や職人さんがしっかり施工してくれているかを自分の目で見つつ、信頼関係も築きながら他に一つと同じものがない家を建築家や職人さんと一緒に建てるという事自体、とても得るものは大きいと感じました。
コスト面ではトータルで確かに建て売り住宅より高くなりました。当然多くの要望や複雑な事が含められているからですが、倍かかったとかいうわけではありません。逆に建築費用の現実や現状を知る事で市場に出回っている上物の値段が恐ろしくなりました。納得がいかない、構造が見えない、誰がつくったかわからないような家に、これから30年以上ものローンを払い続けるという事の方が、私にはできなくなってしまったのです。
犬にとってどういう環境が幸せなのかといえば、飼い主と一緒ならどこでも幸せなんだろうと思います。でも飼い主はずっと24時間365日寝ずに一緒に過ごす訳ではありません。住環境や生活空間がストレスが少なく、過ごしやすければ、きっと犬にとって幸せに過ごせるはずだと思いました。飼い主が精神的に余裕ができる事も、大きく影響します。飼い主がイライラするような都会のどまん中に長く住む事は、便利という反面、何か大事なものを失っているのではないかとも思えるのです。
くーがしゃべる事ができるなら、どっちがいいか聞いてみたいですが、それは無理な事です。それでも日々のくーの表情や行動をみていると、この家の方があきらかに生活を楽しんでいる事を感じる事ができます。免疫の病気とつきあうためには大敵でもあるストレスが減ったなら、それで満足だと結論づけられると思っています。
変わった家、と言われる事は嫌いではありません。この「まわる家」は、きっと私たち以外の方にとっては、使いやすい家ではないと思います。しかし私たちにとっては、これ以上ない最高の家になったと思える証拠に、1年近く住んだ今でもワクワク感が感じられる空間であり、くーも家の中でお気に入りの場所が何カ所もあるという事が、それを証明しているのではないでしょうか。
犬と暮らす環境、人が暮らす環境。このレポートを読んで、家を建ててみようと思った方がひとりでもいてくれたら、一匹でも犬が幸せな環境で過ごす事ができるようになったら、私たちはそれで幸せです。
長い長いお話にお付き合いいただき、ありがとうございました。