微笑みの国の路上犬 (15)我が家にハナを迎えるまで

我が家にハナを迎えるまで

これまでタイ国在住のN.O さんは、ハナちゃんのレスキューと治療、そして里親捜しと多くの課題を持っていました。ハナちゃんに最適な家族をと願っていましたが、簡単にはことは進まず、その上、N.O さん自身が病に倒れ、しばらく音沙汰のない状況でした。しかし、食用にされる犬の実態を知って、居ても立っても居られず、LIVING WITH DOGS に再度、投稿していただけました。これまでの数年間の空白に何がN.Oさんの身にあったのか、そしてハナちゃんはどうしたのか。(2011/11/2)(LIVING WITH DOGS)


2008年8月にレスキューしたハナちゃんは、長い病院生活から退院し、犬猫保護活動家のタリニーさん宅にて生活することになった。タリニーさんにあずけてから、だいぶ足腰の状態がよくなり、約半年でハナをポンさんの訓練所に移した。それは里親さがしの準備のためだった。
2009年10月、犬のためにもっと安全にお散歩できる郊外の住宅地の貸家に移転した。日本人はタイ人と結婚したご家族が2組しかいない。引越しまでにいろいろあり、ちょっと疲れていた。
転居からわずか2ヶ月、2009年12月24日クリスマスなのに、私は一人で入院して、子宮を全摘出する手術をうけることになった。そのため愛犬2匹の世話も出来ない状態でリハビリ生活がはじまった。
ここは異国、一人暮らしの私は、1ヶ月で職場復帰するため必死だった。犬のいない寂しい家に戻り、リハビリ生活、トイレに行くのも、食事をとるのも痛みを押してうごき、1日も早い回復のため、ワンコのためなら「え〜んやこ〜ら!」でとにかくがんばった。
その間、ポンさんは10年におよぶ友情から、我が家の2匹を面倒みてくれた。ハナも訓練つきで格安で長期預かる約束をしてくれた。やっと車の運転ができるようになり、2匹を迎えにいった。その後も、ハナとは2週間に1度面会。会いにいく度に後ろ髪を惹かれるような鳴き声をきくと、ハナに家庭が必要だと痛感していた。しかし、2匹の愛犬の散歩も、まだ人の手を借りる体調だったので、ハナを自分の家族にできないか、という気持ちは浮かんでは沈む状態だった。

そこで、アニマルコミニュケーターの方に、我が家の2匹、ハナの心を聞いていただいた。ふむふむ。。。そうなのか。。。。半信半疑であったが、今になり、本当に3匹はそう思っていたんだ、と感じる。
ALEXの声「家族が増えるのはとにかくいいことよ。大ちゃんに相手はまかせるわ」
犬嫌いの大ちゃんの声「あのコドモ(ハナ)を家につれてくるの?こまるんだよね〜。リズムが狂っちゃう。でもALEXが賛成なら仕方がないか。」
ハナちゃんの声「タリニーのところは犬がいてぶらぶら遊んで楽しかった。訓練所は寒い(11〜1月)のが嫌い、ご飯はたくさんたべたい、本当にあの人がそうしてくれるの?信じていいのかな?」

自分の手術から1年後2011年正月休み、長いリハビリで十分に歩けるようになったハナを晴れて家族に迎えた。
大ちゃんは、ハナに吠えまくるが、なぜか結局はハナに頭があがらず、キスの嵐を受け、収容施設で犬社会のルールをよく知ったハナにWell Social behaviorを教わる。それからは、私がレスキューした犬を庭でハナが一緒に面倒見てくれた。

原っぱで落とした携帯電話は、3回ともハナが見つけてくれた。まさに「ハナの恩返しである」
動物は人間が思っている以上に、不思議な能力を持っている。その声や耳を研ぎ澄ませ、感性に琴線を張ることができれば、犬との生活は人と人に負けない、いやそれ以上の何かを私たちに与えてくれるのだと、実体験した。

大洪水に襲われた2011年10月のタイ。我が家のまわりも洪水のため、庭のハナちゃん、保護犬ソムちゃんを一時避難させた。2匹が消えた庭で、大ちゃんは一生懸命に、匂いをかぎ、2匹を探す。ブロック塀60Cmぎりぎりまで水があがった道路の水面を見つめている。ハナちゃんに「水がたくさんでハナは泳げないから危ないでしょう?タリニーさんのおうちなら安全だよ、すぐおうちに帰れるよ。」と話すと眉毛をさげて悲しそうな顔をした。
「大ちゃん、お前さんは水が怖くないから、水の中をボート引いて泳げば、タイのレスキューDOG 現る!で有名になれるのにね。」 早く水が引いて、ハナとソムを迎えにいきたい。私たちはもう家族なんだ、と実感する。 (2011/11/1)(タイ N.Oさん)

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