動物孤児院 (98)狂犬病が台湾の犬事情を変える
狂犬病が台湾の犬事情を変える
流浪狗(飼い主のいない犬)はどうなる?
台湾の中南部で、死んだアナグマから狂犬病ウィルスが見つかった。今でも毎日3、4匹は見つかっており、8月17日現在で87例になった。人間との接触のニュースも流れている。家に迷い込んだアナグマから噛み付かれた人、菜園でいきなり噛み付かれた人、食べるつもりで捕らえようとして噛まれた女性もいる。すぐにヒト用の予防接種を受けたので人間は発症していない。不幸中の幸いで、今のところ感染はアナグマとネズミの一種に限られているようだ。ただ、犬を捨てる人が急増して収容所は満杯になり、遺棄された犬たちの殺処分は免れない状態になっている。
台湾には流浪狗と呼ばれる、飼い主のいない犬が多い。犬も猫も都会ではTNR運動(捕らえてTRAP、避妊手術してNUETER、放すRELEASE)ができたおかげで毎年500頭の犬猫がその恩恵を受けてきた。放す前に雄は左の耳、雌は右の耳に切り込みを入れる。しかし、地方ではそこまで徹底していない。山岳地帯では野犬を捕まえて収容する作業を始めたが、耳に切り込みのない犬を先に捕まえることにしたそうだ。
これまで台湾の街角で見かけていた、路上でのんびり寝そべる犬たち。彼らには飼い主がいるが、つながれているわけでもなく、店先で店番したり、家に入ったり自由に行き来しているのだ。これからはそんな光景も過去の風景と化し、もしかしたらなくなるのかもしれない。家の前にいた愛犬が捕まえられ殺処分された女性が泣いて、「家の犬だと、見ればすぐわかるじゃないですか!」と叫んで抗議するニュースが流れた。
コミュニティーの中には「地域犬」もいて、避妊済み、予防接種済みの犬たちが人のじゃまをせず、人からじゃまもされず、愛護家の人たちからエサをもらって生きているのを見たことがある。台北に住んで動物愛護の活動をしているドイツ人の友人パトリチアは、道端でお茶する老人たちの足元でゴロゴロ寝転がっている犬たちを指差して、「あの犬たちはコミュニティー・ドッグなのよ。」と言った。
14頭のビーグル犬が今週、狂犬病の実験に使われることに
8月10日、台北の街を赤いシャツを着た動物愛護団体「赤シャツ群」がプラカードを掲げて練り歩いた。プラカードには「罪を犯してないのになぜ私は死刑になるの?」、「私は狂犬病にかかっていない。自由を返して!」と書かれている。
今週、政府の機関は感染したアナグマを使って実験用ビーグル犬14頭に感染させる予定だ。狂犬病を発症しているアナグマとの接触によって噛み付き傷やひっかき傷からビーグル犬を感染させた後、犬を安楽死させて感染の有無を調べるという。テレビではあと数日で狂犬病に感染させられる予定のビーグル犬を紹介していた。愛嬌一杯、おすわりもお手もする。世話してくれる人についてまわり、その丸い目で見上げる。その人間を信頼しきっている姿を見て私は苦しくなった。テレビの記者会見では、このビーグル犬たちの実験の必要性を訴えている。「少数の犬を犠牲にすることで多くの犬を助けることができるだろうから、どうか理解してほしい」と。
「収容所から引き取ってください」キャンペーン
政府は狂犬病予防接種を緊急に大量輸入して、無料で接種している。接種日には犬を連れた人たちの列ができるのだが、その様子を見て、「つまりこの人たちは飼い犬に予防接種をしていなかったのか」と思った人も多いだろう。台湾での狂犬病予防接種率はそれまでは4割だったそうだ。(台湾には目下、150万頭の犬猫がいて、60万頭の犬が毎年予防接種を受けている。)それはたぶん、都市部の話だろう。接種率が7割に達した段階でようやく、普通の生活の中で犬から人間に狂犬病が感染するということはほぼなくなる、とのことだ。
もし犬が感染して、次に人間を噛むという事件が起きたら、と思うとゾッとする。攻撃性をむきだしにした犬だけが危ないのではない。数年前、北アフリカを旅行中のドイツ人青年が浜辺にいた子犬と遊んで、狂犬病にかかって亡くなった。コロコロした子犬がじゃれついてきたのだそうだ。一緒に旅していたドイツ人女性もじゃれついてきた子犬から手を軽く噛まれたが、後で手を消毒した。青年は消毒しなかった。その差が生死を分けたのかもしれない。狂犬病のウィルスは傷口から入るので、噛まれたり、ひっかかれたりしたらとにかくまず流水で洗うことがだいじなのだ。子犬は翌日の朝、死んだので砂地に埋めた。旅を続けるうちに青年が体調を崩したが、まさか狂犬病だとは思わないから、本人も医者もヒト用の予防接種をすることを考えなかった。数週間後、狂犬病独特の症状が見え始めた時はもう手遅れだったのだ。
飼い主のいない犬猫たちにも接種を
対岸の火事などと思ってはならない。狂犬病が発生している国から来る船に、感染した小動物が紛れ込んでいてもちっとも不思議ではないのだ。
日本中の犬猫の不妊手術、予防接種、そしてチップの埋め込み(チップの埋め込みは登録にもつながるので、むやみな繁殖や、遺棄もある程度阻止することができるようになるのでは? 狂犬病ウィルスが日本で見つかったとしても、予防接種とチップ埋め込みが徹底していれば恐れることはないのだ。そして、殺処分を日本からなくすための手段のひとつとして、この3つを実現させることは有効だと思う。
<追記>
19日現在ではまだビーグル犬14頭の実験は実施されていない。台湾のニュースでは、事務室のようなところでむじゃきに遊ぶ問題のビーグル犬たちを見ることができる。
ビーグル犬に感染させるという実験のニュースが流れると、「このような実験に何の意味があるのか? 無意味だ」と、インターネットで猛烈な反対が起きた。