小林信美の英国情報 (19)英クラフト展の意味

(19)英クラフト展の意味

世界最大のドッグショーといわれるイギリスのクラフト展。今年は、出場犬の毒殺疑惑などに取り巻かれ、別の意味でマスコミを賑わす話題に事欠かないイベントであった。
アイリッシュセッターとシーズが亡くなったことの他に、治療を要する犬が続出するなど、クラフト展の名に似つかわしくない今回の事件に、関係者も困惑の色を隠せないでいる。
特に,被害にあったアイリッシュ・セッターが、イギリス国外からの参加犬であり、外交問題にまでは発展しなくとも、クラフト展の今後の評判に関わる問題であるため、主催者であるケンネルクラブは、非常に慎重に対応している。
 
さて、今日、犬の愛護や、健全な犬の繁殖を促進するというような名目で行われているこのイベントだが、その歴史を紐といてみると、企業家精神に駆られた、犬のおやつのセールスマンあがりの若きチャールズ・クラフト氏によって19世紀後半に始められた、いわゆる商業目的のイベントであったことがわかる。実際、クラフト氏は、生涯一度も犬を飼ったことがないといわれ、同氏がドッグショーに関与するようになったきっかけは、当時、勤務していたドッグフードの前進「ドッグケーキ(犬のおやつ)」の製造業者の営業マンとして、ブリーダーと接触する機会が多かったことに起因する。そこで、純血種の繁殖と栄養などの知識を深め、ブリーダーの信頼を得るようになり、1878年に行われたパリ見本市で、ドッグショーを開催するのに一役買ったことから、ロンドンでテリアのドッグクラブを運営するようになる。こうした経験を生かし、1891年、第一回のクラフトショーが開催され、今日に至るというわけだ(注1)。
とはいえ、今日のクラフト展は、英ケンネルクラブが主催しており、クラフト氏とは、全く関係がない。これは、1938年に同氏が死去してから、未亡人となったクラフト夫人が運営責任を担ったものの、その難しさにさじをなげ、3年後にケンネルクラブに運営権を譲り渡したからである(注2)。
慈善事業というだけあり、ケンネルクラブの運営ポリシーは、犬の福祉目的が基本となっているが、純血種の繁殖方法が犬の健康を害するという理由から、純血種の繁殖を助長する同団体の事業は、一部のブリーダーや、ブルドッグなどのドッグ・クラブ等からかなりの非難を浴びているということをここで強調したい。特に、同団体が、無理な繁殖で、健康上問題が多いというペキニーズをベストインショーとして承認した2008年、英BBCが、長年続けてきたクラフト展の中継を取りやめたことは、非常に象徴的であり、英国民の純血種に対する見方を明らかにするものである(注3)。


(注4 : 鼻で呼吸ができないので、常に口が開いている状態だというベスト・イン・ショーのペキニーズ)

それでは、クラフト展の目的は何だろうか?これはもちろん、英ケンネルクラブに問い合わせたところで、あきらかになるものではない。その答えを模索する意味で、参考のために、ここである英タイムズ紙の記事を紹介してみたい。
「Valuing the events industry for economic growth(経済成長促進のためのイベント産業振興の必要性」のヘッドラインでこの記事は、ロンドンオリンピックの熱がまだ覚めやらぬ2012年9月19日に掲載された。これによると、英国民総生産が、約1兆7千億ポンドのところ、英国のイベント産業は、361億ポンド(約6.4兆円)にものぼり、この数字は、2020年までに484億ポンドまで伸びることが予想されている。イベントといえば、カンファレンスや見本市・展示会、さらには、ミュージックフェスティバルからグローバルサミットに至るまで、その種類は、さまざまである。これらの経済効果には、観光や貿易の促進というものがあり、ここ30年ほどで、製造業が大幅に減少した英国としては、このような産業の振興にかなり真剣になっていることは確かなのである(注5)。
この原理をミクロレベルにあてはめてみると、クラフト展は、基本的なところでは、出展犬の参加費用、参加者以外のクラフト展への入場料、スポンサーの広告収入のほか、マーチャンダイズ、その他の収入が見込め、その規模からかなりの収益が見込めるものとみられる。2000年にペットパスポートが導入され、海外からの参加犬の数が増え続けている現在、クラフト展の意味は、英ケンネルクラブにとってさらに重要なものとなっていることは間違いない。

(1) http://www.crufts.org.uk/content/show-information/history-of-crufts/
(2) http://terriermandotcom.blogspot.co.uk/2004/09/charles-crufts-never-owned-dog.html
(3) http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/7779686.stm
(4) http://terriermandotcom.blogspot.co.uk/2008/09/pekingese-standard-to-be-changed-by.html
(5) http://raconteur.net/business/valuing-the-events-industry-for-economic-growth

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