動物孤児院 (107)ドイツ流「犬の引き取り方」その2

動物孤児院 (107)ドイツ流「犬の引き取り方」その2


シーズー・ミックスの“マイカ”、5歳にして自由を知る 
          
悪徳繁殖屋から不要犬を引き取る団体

“ドイツには実に様々な愛護団体があり、しかもその数は無数”というのが友人レギナと私の感想だ。犬種別、大型犬専門、もと競争犬専門、東欧の野良犬を保護して斡旋する団体、ルーマニア専門、ギリシャ専門、スペイン専門……。
私たちは5キロぐらいの小型犬を探しまくった。レギナの希望はシーズー系である。ドイツだけでなく、スペイン、ギリシャ、ルーマニアのホームもチェックした。ちなみにルーマニアには犬の収容数8千頭という世界で一番大きい動物ホームができていた。収容されている犬の多くは中型から大型の犬だ。「ロトに当選したらここに全額を寄付しよう! 当たらなくても、春の新しい靴をガマンして寄付しよう!」と私たちは決意する。
条件に合いそうな犬についてドイツの愛護団体にコンタクトすると、「まずはこれに記入してください」と、何枚もの書類が送られてきた。しかし犬の年齢が理想でも体重がありすぎることがわかると、その犬は断念しなければならない。レギナは頚椎を患ったことがあって、10キロ以上の物を抱えての階段の昇り降りが無理なのだ。5キロぐらいの犬でも極端に短足系だとやがて階段が負担になる時が訪れるかもしれないから、ある程度足の長さがあることも条件のひとつだ。犬がケガしたり、高齢犬になって階段が大変になることも考慮に入れ始めると、条件にぴったりの犬はなかなかいなかった。

しかし、ある日、5歳ぐらいの小型犬を中心に紹介するサイトを見つけた。いるいる、ドイツの人気犬の代表犬種が。マルチーズにトイプードルに、シーズー、そしてそれらを掛け合わせたミックス、しかも、どれも5歳の女の子! 実は、ドイツ国内の悪徳繁殖屋たちが繁殖に使った後、不要になって愛護団体に引き渡した犬たちなのである。
動物愛護が発達しているドイツにもいるのだ。不潔な床の、狭いオリに何頭も閉じ込め、散歩に連れ出すこともせず、単に金儲け目的で流行犬を増やし続ける人間が。ドイツでは犬を散歩に連れ出さないことや、狭いオリに入れて飼ったり、つないで飼うことは動物虐待と見なされるが、犬を繁殖して売ること自体は法律違反ではない。小型犬を何頭もオリで飼っていても、壁の分厚いドイツの家、しかも町外れの一軒家なら音が外にもれることもなく、外部の人間に気づかれることは少ないだろう。
愛護団体は繁殖屋から「採算に合わなくなった雌犬」を黙って受け入れる。繁殖屋をとがめたり、警察に密告したりはしない。そんなことをしたら繁殖屋は犬を愛護団体に引き渡さず、自分たちで密かに「始末する」恐れがあるから。


写真で見るその犬はマイケという名前が付けられていたそうだ。少なくとも名前はあったとわかって少しホッとした。この欄で何度か取り上げた実験ビーグルには名前さえ付けられることなく、日の当たらない実験室のオリの中で育てられる。しかし愛護団体が保護する前のマイケについて、そのほかに私たちが知ることのできる情報はあまりなかった。
マイケは、シーズーとラサアプソ、それにジャックラッセルテリアの血も入っていると思われる。悪徳繁殖屋は雌犬に5年間もホルモン注射を打ち続け、できるだけたくさんの子犬を産ませようとする。だから、保護されたときは体がボロボロになっていて、せっかく保護しても短命に終わる犬もいるそうだ。

悪徳繁殖屋は新聞や雑誌に、「趣味で繁殖。生後2ヶ月のシーズーミックス子犬売ります」とか、「ヨークシャテリアとマルチーズのミックス子犬生まれました」などの広告を出す。読んだだけではどういう環境で生まれた犬か分からない。雑誌や新聞広告やインターネットで安易に子犬を買ってはならない、とテレビの「ファミリー募集」番組でも言っていた。ドイツでは一軒だけ、子犬を売るペットショップができて、今でも動物愛護団体すべてがこの経営者を非難し続けているが、まだ販売を止めそうにない。そこでも色々な種類を掛け合わせて珍しいミックス犬を作り出し売っている。幸い、後に続くペットショップは出てこなかった。
東欧から、人気犬種の子犬だけを百頭以上もトラックで西欧諸国に運ぶ人間もいて時々摘発されている。発見された時点で子犬たちはほとんどが衰弱しており、半数以上がすぐに死んでしまう。又、きちんとした繁殖家であれば、買い手の住所や名前や住環境や経済状態を事細かに聞き出して、条件を満たしていなければ売らないが、商売目的の繁殖屋はお金さえもらえたら後に子犬がどうなろうと知ったことではない。それを解決するには、繁殖屋やペットショップから買う人がいなくなること、それしかないだろう。

           
「お見合い」成功! 晴れてレギナの犬に


私たちは朝8時に家を出発した。アウトバーンを2時間走って、ハーゲンという町に着いた。お目当ての犬が預けられているフォスターファミリーの家があるのだ。相性も大切なので、レギナは「とにかく犬に会ってから決める」と言う。
古城のすぐ近くの古い一軒家から中年のやさしそうな女性が出て来て、私たちを居間に案内してくれた。肉付きのよいラブラドルレトリバーが大歓迎してくれて身体をすり寄せて来る。マルチーズとシーズーミックスのマイケがソファに座っていた。3頭共、繁殖屋から愛護団体が引き取った犬だが、ラブラドルはこのフォスターファミリーの女性が引き取った。マルチーズとマイケは預かっているだけ。マルチーズもすでに行き先が決まっている。マルチーズとマイケが引き取られたらすぐに次の犬(ダックスフント)がやってくることになっているそうだ。
レギナはマイケを一目見て決心したようだった。
「マイケじゃなくて、マイカという名前にします」とレギナが言う。知り合いにマイケという名前の女性がいるので。
テーブルにコーヒーカップと書類が並べられる。何枚あるだろう、いちいち読んでいたら日が暮れてしまいそうだ。レギナは、名前、住所、電話、Eメールアドレス、身分証明書の番号を記入した後、誓約書に署名した。


引き取った犬は、動物愛護法通りに養い、世話をし、いかなる虐待も行うことなく、必要とあれば獣医の治療を受けさせること。犬を勝手に他者に譲ったり売ったりしてはならない。動物実験に使ってはならない。オリに入れたり、つないで飼ってはならない。住居を変わる際は即、当団体に新住所を知らせねばならない、等……。

マイカの性格や、食餌や、行動の傾向について、フォスターファミリーの女性が2週間余り観察して気づいた事柄をぎっしり細かく書いてくれていた。「ボール遊びをする。犬以外の他の動物を見たことがない。リスを見て追いかけようとしたが、すぐに戻ってきた。お気に入りの骨の形をしたヌイグルミ(!)が気に入っている。階段の昇り降りは問題ない。名前を呼べばすぐに来る(マイケをマイカと変えることにしたが、“語尾変化”だけなので問題ないだろう)」。実際はどうかわからないが参考になる。

最後に400ユーロ(邦貨 約56000円)支払って手続きは終了した。ドイツで動物ホームや愛護団体から犬を引き取るのに無料ということはありえない。避妊手術、予防接種、フォスターファミリー家でのエサ代等と必要経費を支払うのが普通である。邦貨にして大体4万円から6万円の間だ。引き取った後は市への登録(犬税を支払う)、犬が原因で起きた事故などに対処する賠償保険、逃げた犬を探してくれる団体に登録の支払い等が待っている。かなりの出費になりそうで、当分はお気に入りの靴屋さんの前は通らないほうがいいようだ。
フォスターファミリーの女性はマイカに頬ずりして、「幸せになってね!」と何度も言った。「今後、写真で暮らしぶりを教えて」とも。

                    続く


どの犬も保護された時点では避妊手術済みで、マイカも10日前に手術が済んでいた。

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