動物孤児院 (108)愛犬が脱走した!

動物孤児院 (107)愛犬が脱走した!

マイカ、パニックになって走り出す

動物ホームはドイツ語でティアハイムというのだが、ホームとはいってもいろいろなかたちがある。どんな犬でもいるのが、各市にある必ずあるメインのホーム、それから、特定の犬種だけの愛好家が作ったホーム、東欧諸国から、或いはスペインやギリシャから連れて来られた犬のホームなど。

ここで紹介したマイカというシーズーミックス犬は、私が最も理想と思うかたちの団体からやってきた。その動物愛護団体は、個人で数頭預かる形式を取り入れている。マイカは他の2頭、マルチーズとラブラドルレトリバーと仲良く過ごしていた。
飼い主のレギナとマイカの間には深い絆ができたようで、マイカはレギナの顔をいつも見上げ、レギナの身体の一部になったかのごとく、くっついて離れない。レギナは秋にお墓参りのためアメリカに行くのだが、その1週間、私が預かることを考えると、今から心配になってしまう。
実は、過去に深い心の傷を負った犬を飼うことの難しさをマイカから知らされる事件が起きたのだ。しかも2度も!

1度目は、引き取ってから10日目に起きた。レギナがマイカのウンチ袋を捨てようと外にあるゴミ箱を開けたとき、ゴミ箱の蓋が大きな音を立てて落ちたのだ。その拍子にレギナの手からリードが落ち、マイカは闇雲に走り始めた。その速さときたら!
追いつけるわけない。相手は犬。しかも足の速さは野うさぎ並、いやそれ以上。無駄だとわかっていても私は走って走って、最後には気分が悪くなってしまい、心臓が爆発するのではないかと怖くなったほどだ。脳裏に浮かぶのは、愛護団体に何と知らせたらいいのか、ということ。せっかく引き取ったのに、ようやく愛と平和のある生活を始めるチャンスが訪れたというのに、「残念ながらパニックに陥り、逃げ出して走り回るうちに交通事故に遭って・・・」というメールを誰が書くのか?

マイカは道路を横切り、野原に出た。車がめったに通らない道路なのでラッキーではあったが、車がたまたま来ていたら最後だったはずだ。野原は3キロほど続くがその向こうは交通量の多い道路である。その道にマイカが出ませんように、と祈り続けた。

途中でマイカを見失い、キョロキョロしていると散歩中の3人の若いドイツ人青年が指さして教えてくれた。息を切らしながら走り続ける私。そしてその瞬間、マイカが青年たちの方向に走ってくるのが見えた。私は大声で、「お願い、つかまえて」と叫び、引きずっていたリードがあったことが幸いして、一人がリードを足で確保して、この捕物帳は無事終了したのである。

再び脱走

レギナと私は極力注意するようになった。絆がまだ十分ではなかった、というのが原因だと思っていた。しかし、絆とかそういうのが原因ではなく、パニックになれば何もかも忘れて走るようにできているのではないか、と思う事件が起きた。
2度目は最初の逃亡事件から2ヶ月近くたった日に起きた。介護関係の仕事をしているレギナは、仕事中、マイカを私に預ける。(お年寄りによっては犬に会いたいという人もいるので、その場合は犬連れで仕事に行く)。
その日、ドアを開けたら、隙間、光の勢いで何かが外に飛び出した。
レギナは大声で名前を呼んだが、マイカはただただ走り去るのみ。再び以前と同じ方向に走った。道の横断は車が走っていなくて今回もラッキー。しかし、今度は野原と畑を突切り、遠い森の方向へと走り続けたのだ。

彼方に、走り続ける白い点が見えた。一体どれだけの間、あの速度で走り続けるのか? マイカは5年のあいだ、悪徳繁殖屋のもとでオリに入れられていたそうだ。5年分を今、走ろうというのか? それとも走ったことがなかったので、走るという行動が何なのか自分にもわかっていないのではないか?

そのうち、ジープ2台が現れ、明らかにマイカを捕まえようとしていることが遠くからわかった。私は家に戻り、自転車に乗って車を追いかけた。野原と畑をいくつも横切る。やっとジープに追いつき、マイカを捕まえようとしていたのは若い女性2人だとわかった。私たち3人は、3つの方角からマイカを捕まえる作戦を立てた。

しかし、失敗。私が名前を呼ぶと、マイカはわざと速度を増すようにも思える。再び不幸な結末が頭にちらつく。今幸せのチャンスを逃そうとしている。ふだんは楽観的な物の見方をする私なのに最悪の結果しか頭に浮かばない。

作戦すべて失敗

眠れない一夜を過ごした。夫がポスターを作ったので、朝、夜明けと同時にあちこち貼って回った。警察にも前の晩に電話して、犬が脱走したこととレギナの携帯電話の番号を知らせた。やがて、「どこどこの道で死んでいるのが見つかりました」という連絡が来るのだろう、と私たちは覚悟した。
レギナと一緒にポスターを貼って回っていると、携帯電話が鳴った。
レギナの顔が瞬間、明るくなる。「え? 保護している? ケガしているが生きている?」言葉の一言一言が私には天界からの音楽に聞こえた。

マイカは野原からは7キロは離れた場所で見つかった。車道で交通事故に遭って道でひっくり返ったところを会社に行く途中の男性が見つけて、自分の母親のもとに運んだのだった。
これぞ不幸中の幸いだ。ケガはしているが、軽いかすり傷だけだった。交通事故だけがマイカのパニック走りを止めることができるだろう、と予測していた。それで、交通事故が軽いものであって、しかも走り続けるには無理、という状態に陥るのが最高の条件だと思っていた。神様ありがとう、そのとおりになりました、と私は何度も心の中でお礼を言った。

マイカはその家で、バーニーズマウンテンドッグと一緒にバスケットのベッドに座っていた。汚れて臭くて、肉球は赤くただれていた。保護してくれた夫婦は私たちの再会を心から喜んでくれた。後でゆっくりお礼に参ります、と伝え、私たちは獣医のもとに向かう。骨折もしていなかった。

以来、マイカがパニックにならないよう、始終注意を払っている。宅急便の配達が来たら、まずマイカを15メートルもあるひもにつないでからドアを開ける。テラスで食事するときもそれにつなぐ。散歩用のリードには散歩する人の腕に固定するためのワッカも予備に付けた。トラウマを持った犬がすべてこのようだとは限らないだろうが、逃亡癖のことは知らされていなかったので、まさかこのような事態になることは予想さえしなかった。過去が明白でない犬にはどんなトラウマが隠されているのかわからないことを学ぶ結果となる。今日、マイカと飼い主のレギナはべったり、相思相愛の仲であるが、「待て待て油断はできない」という気持ちはまだ続いている。

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