小林信美の英国情報 (20)英国のペットショップ事情
(20)英国のペットショップ事情
英国で、”How much is the doggie in the window?” (ショーウインドーのワンちゃんはいくら?) という曲がヒットしたのは、1953年のこと。第二次世界大戦の終結から8年経ち、戦勝国英国で、配給に頼っていた卵や砂糖などがやっと自由に消費できるようになったばかりの年である(注1)。英国でペットビジネスに関する法律が制定されたのは、わずか2年前の1951年であるから、英国民の間で犬をペットとして飼うことが再び、一般化してきた頃だと言える。さて、Pet Animals Act 1951と呼ばれるこの法令によると、ペットショップの運営許可証は、以下の事項を守ることを条件に発行されることになっている。
A)販売されている動物は、それぞれのサイズに適した飼育小屋に入れられ、室温、照明、換気が適度に調整され、清潔であること。
B)えさと水が適度に与えられ、最適な状態が保たれているかを頻繁に確認すること。
C)ほ乳動物は、精神的、身体的にある程度成長するまで販売しないこと。
D)伝染病の予防に注意をはらうこと。
E)火事などの非常事態への対応措置がきちんと行うこと。(注2)
2015年現在でも有効であるこの法律だが、興味深いことに、 犬を含めるペットの生体販売を、禁じていないのである。英BBCの報道によれば、英国内でペットショップを通じて 消費者の手に渡っている子犬や子猫の数は、全体のわずか2%とされるが、それでもペットショップ禁止化を求める声は、非常に高い(注2)。ペットショップ反対派の代表ともいえる英ケンネルクラブによれば、その理由として、ペットショップで売られる子犬は、主に営利目的のパピーファームと呼ばれる業者によって供給され、母犬に短期間に何度も子犬を産ませたりするような、ずさんな繁殖を行うため、健康上問題が多いことを挙げる。そのため、同団体ではペットショップやパピーファームなどから、子犬を買わないよう呼びかけているのだ(注3)。ここで特に問題とされているのは、犬の健康や幸せを無視した虐待とも呼べる扱いである。
これに関して英国の動物愛護団体 The Pet Charity は、長年、厳しく規制されてきているペットショップを禁止しても、問題の解決には至らないとしている。インターネットの普及で、雌犬と雄犬さえいれば、子犬の繁殖ビジネスを始められる今日、非倫理的な繁殖と動物の取り扱いの取り締まりを行うことは、ほぼ不可能となっているから、というのがその主な理由だ。ペットショップが批判される原因のひとつには、子犬を展示することで、世話をきちんとできない無責任な人たちに衝動買いを促す効果があるといわれているが、インターネットであれば、子犬の写真を掲載するだけで、実際に店舗を持たずとして、バーチャルなペットショップ経営ができることから、上記愛護団体の見解は尤なものだと言える。
動物愛護の先進国といわれるここ英国も、所詮自由市場というコンセプトを中心として機能する資本主義経済の国である。犬を家族の一員として大切に育てる人もいれば、お金儲けの手段としてしかみない人も大勢いるわけである。そして、後者にとってみれば、犬はただの商品であるから、あの手この手を使い、消費者に購買意欲を誘うように努力するというのは、「自由」なのである。そういうわけで、この国でも、犬をただのモノとして扱うようなずさんなペット業者が少なからず存在するのである。それでは、法律で取り締まれているわけでもないのに、英国で展示販売から入手される子犬(子猫)の数が全体の2%と少ないのは、なぜなのであろう? 筆者の個人的な意見であるが、これは、ペット犬を商品としてではなく、生命のある生き物として、その健康と幸せを考えて扱われるべきだという倫理観が、マルクス主義的にいえば、ヘゲモニックに世論を制御しているため、虐待にあたるような扱いをすれば、商売に悪影響を与えるため、ペット業者も「営利目的」で犬の健康と幸せを考えた子犬の管理をしなくてはならなくなるからではないかと考えるのだが、どうだろうか。
そのよい例として、西ロンドンの Hanwell Pet Store (http://www.londonpremierpuppies.co.uk/) がある。
この店は、3代続いた老舗の店といい、子犬を販売するにあたり、以下のようなサービスを売り物にしている。
・予防接種済み
・獣医による健康診断済み
・健康診断書付
・虫下し完了
・マイクロチップ済み
・ペット医療保険付
・購入後の獣医による無料健康診断付
動物の健康と幸せを第一とする店というイメージを売り物にするこのペットショップ。ここまでくれば、動物愛護団体も文句の言いようがないというわけである。
冷戦の終結以来、自由市場主義が世界経済を制御するようになって30年以上経つが、CSR(企業の社会的責任)などのコンセプトが世界中で幅広く受け入れられるようになっている通り、倫理観を無視したビジネスの成功は、あり得ないのである。展示販売を一掃することができないのであれば、犬の健康と幸せを第一にするビジネスへの需要を増やすための世論の構築ということが、今後の課題となるのではないだろうか。
参考資料 :
注1 : http://www.telegraph.co.uk/news/1399781/1953-a-portrait-of-Britain.html
注2 : http://www.legislation.gov.uk/ukpga/Geo6/14-15/35
注3 : Ban puppy and kitten sales in pet shops – Labour MP (http://www.bbc.co.uk/news/uk-politics-29066062)
注4 : 英ケンネルクラブ公式ウェブサイト (http://www.thekennelclub.org.uk/tags?tag=Buy%20a%20dog)
注5 : The Pet Charity 公式ウェブサイト (http://www.thepetcharity.org.uk/news/52-banning-the-sale-of-puppies-and-kittens-in-pet-shops-misses-the-point.html)