マイクロチップによる個体識別の普及について

マイクロチップによる個体識別の普及について

[1] マイクロチップとは何か

マイクロチップを知ろう

マイクロチップとはそもそも多くの動物を扱う場合の個体識別作業を効率化するために開発された動物の皮下に埋め込まれる直径約2mm×長さ11mm位の円筒形で、個体識別番号が書かれた電子標識器具です。マイクロチップは、世界で唯一のユニークな識別番号をその中に約25年以上も記憶・耐用させることができると言われています。
そして、リーダー、またはスキャナー(読み取り機)というもので犬に埋め込まれたマイクロチップ内の識別番号を非接触で読みとることができます。もし、犬にマイクロチップが既に埋め込まれていれば、その犬の識別番号を読みとることで、その番号がわかります。その番号は、あらかじめデータセンターに登録されている犬の登録番号・飼い主情報・動物情報・獣医師情報等に紐付いていますから身元がわかります。ですから、すぐに迷子や盗難後に保護された犬の場合は、その飼い主さんに連絡がつくのです。

海外では個体識別のために、既に刺青(Tattoo、タトゥー)やマイクロチップを義務づけている国もあります。たとえば、カナダのCKC(Canadian Kennel Club)では刺青、もしくはマイクロチップを義務づけています。カナダでは、マイクロチップを利用するブリーダーは多いようです。目に見える刺青を好む人や両方する人もいるようです。ただ、刺青は刺青をしただけで、データセンターに登録していない場合もあります。各チップメーカーとも安価で提供していること(生涯登録料Canada$18)やショー会場などで安価なチップ埋め込み(Canada$5)などをやって普及に努めているようです。ちなみにシェルターには無料でリーダーを提供しているそうです。

日本では、平成8年から他県に先駆けて愛知県獣医師会が普及に努めています。また、マイクロチップはディスポーザブルの専用インジェクターで犬の背側頚部皮下に埋め込まれます。現在のマイクロチップは、移動防止対策が施されていて、さらに材質は生体適合性のあるガラスを使用するなど、工夫が施されたものを販売しています。
なお、マイクロチップという名称の製品は、コンパニオンアニマル用だけではなく、家畜用、また産業用のものもあります。ここで、マイクロチップと呼ぶ場合は、コンパニオンアニマル用の個体識別用マイクロチップを指します。

マイクロチップの読み取りのしくみ

マイクロチップの中にはIC、コンデンサー、および、アンテナの役割を果たすコイルがガラスのカプセルに入っています。リーダーは、アンテナと電波を発信する装置で出来ていて、リーダーをマイクロチップが埋め込まれた犬に近づけると、マイクロチップがその電波に反応して電波を送り返し、これをリーダーが読み取って、データを数字化するしくみです。マイクロチップは電源を持たず、読み取りの時だけ、マイクロチップは電波をリーダーに返します。

個体識別はマイクロチップを使わなければならないのか

マイクロチップ以外に、個体識別を行う手段として、タトゥー(刺青)があります。米国のOFAなどの股関節疾患検査機関ではマイクロチップやタトゥーによる個体識別を必須の条件にしようという動きもあります。
しかし、タトゥーによる識別は、犬が歳をとると番号が読み取りにくくなって行くという欠点があります。一方、マイクロチップは、30年は動作すると言われていますから犬の生涯期間において個体識別が可能となります。
タトゥーの事例としては、フランスのケンネルクラブのケースがあります。血統書の発行にタトゥーの登録番号が必要です。タトゥーは獣医師で麻酔をかけて耳や太ももの内側に番号を彫ります。
では、DNA鑑定はどうでしょうか。
DNA鑑定では、個体の色素遺伝子のタイプが分かるので、ブリーダーが交配で望む毛色などを持つ子孫をブリードすることが可能になります。また、DNA検査により、どの犬を将来のブリーディングのために手元に残すかを決断できます。しかし、個体識別とは根本的に違うものです。
マイクロチップ埋め込み料は、日本では、3,500〜4,500円(日本獣医師会への情報登録料1000円、マイクロチップ本体1500円そして施術料が最低2000円)に対し、DNA鑑定はその約2倍の8,000円ほどで鑑定期間は現在約3週間かかっています。現在の技術では、マイクロチップがもっとも進んだ個体識別の手段と言えると思います。

[2] ISO規格と読み取り互換性

マイクロチップ・システムのメーカーについて

日本では以下の4社の製品の使用実績があります。

・スイスのDatamars(データマース社)
・イギリスのTrovan(トローバン社)
・ミネアポリス(アメリカ合衆国)のDestron Fearing (デストロン社)
・カリフォルニア(アメリカ合衆国)のAVID社

さて、マイクロチップにはISO規格(ISO: International Organization for Standardization、国際標準化機構)という規格があります。マイクロチップのISO規格は、ISO Standard 11784 and 11785というものです。
Datamars社、AVID社、そしてDestron Fearing社の3社はそれぞれISO規格のマイクロチップ・システム(マイクロチップ、埋め込み器、リーダーを合わせた総称)と独自仕様(ISO規格ではない)のマイクロチップ・システムを製造・販売しています。標準化されたISO規格のマイクロチップ・システムを使用する場合、犬に埋め込まれたマイクロチップはISO規格であるがゆえに、3社のISO規格のリーダーであれば、どれを使用しても読みとることができます。
一方、Trovan社はISO規格ではなく、独自仕様のマイクロチップ・システムのみを製造・販売しています。
日本では、4社のマイクロチップとも犬への埋め込みの実績があります。独自仕様(ISO非準拠)のTrovan 社のマイクロチップ・システムを既に導入されている方もいます。また、Datamars 社、Destron Fearing社、およびAVID社のISO規格のマイクロチップを導入されている方もいます。
従って、現在、日本におけるマイクロチップは、3社のISO規格のものと、独自仕様(ISO非準拠)のTrovan 社のマイクロチップです。

ちなみに、欧米では以下のような状況です。
ISO規格のマイクロチップは、アメリカ合衆国を除いた世界中の国で使用されていて、チップ販売実績では最も実績があるとのことです。西ユーロッパ諸国では政府の規制が無い時代はさまざまなブランドが使われていましたが、今日ではほとんどの国でISO規格のマイクロチップが販売されるようになってきています。

各社のリーダーは他ブランドのマイクロチップを読めるのか

さて、このようにまだ数は少ないながらも複数の仕様のマイクロチップが存在している日本で、マイクロチップを埋め込まれたある犬が迷子になり、動物管理事務所に保護されたという場面を想定してみましょう。
この場合、日本国内を家族と共に移動する家庭犬のマイクロチップを読みとるために、日本国内各県の獣医や動物管理事務所に、日本に普及済みの全ての仕様のマイクロチップ(ISO規格のリーダーとTrovan 社の両方のマイクロチップが読めるいわゆる”ユニバーサルリーダー”が必要になってくると思われます。
このようなリーダーは、ISO規格に対応したメーカーはそれぞれの製品群の中にあるとのことです。また、Trovan社も、ユーザーの要望に対応してISO規格のマイクロチップを読めるリーダーを提供することが可能とのことです。

マイクロチップに書き込まれた識別情報とは

ISO規格のマイクロチップ内の識別情報は、工場の製造工程で書き込まれますが、その内容は、国コード、動物コード、代理店コード、ユニークな個体識別番号で、数字のみで合計15桁で書き込まれます。
一方、Trovan社の独自規格のマイクロチップは、英数字混合で合計10桁ということです。
このように、桁数は10桁の英数字混合と15桁の数字がありますが、識別番号はメーカーが保証しますので、どちらが良いということは言えません。

マイクロチップのデータの書き換えは可能か

個体識別の意味はそれが世界で唯一であるというユニーク性にありますから、書き換えが可能ならその意味がありません。ISO規格には必要無かったため、識別情報の書き換えについては定義がありません。
では、書き換え可能なマイクロチップは本当に存在しないのでしょうか? 調査した結果、書き換え可能なものがありました。しかし、その用途は、主に産業用のマイクロチップであり、コンパニオンアニマル用ではありません。ただ、念のため、日本で導入するコンパニオンアニマル用マイクロチップには書き換え可能なマイクロチップは使用しないという規制の明記が必要であると考えます。

[3] 日本でのマイクロチップ普及を考える

導入については、地域の獣医師会で決定し、準備が整った地域から始まって来ています。しかし、現行の狂犬病予防法に基づいた犬の識別用鑑札をマイクロチップに移行していくという行政からの正式なアナウンスは今のところありません。

マイクロチップ導入を阻むもの

21世紀にはさらなる技術の進歩が予想され、マイクロチップが普及されていくと思われますが、日本での普及はまだ細々と始まったばかりです。
今後の日本において、マイクロチップ普及を阻害する要因としては以下のようなことが考えられます。
 

・狂犬病予防法で犬に鑑札を付けることが義務付けられているが、犬の個体識別は鑑札と狂犬病予防注射済み票で可能なので、マイクロチップまでは不要。

・日本を代表する犬のクラブであるJKCからは、今のところ、マイクロチップに関する正式な見解は見られない。

・義務化されていない。日本人は義務化されないと何もしない。

・欧米人と違って、日本人の国民性としては個体識別方法としてはどうしても体内埋込み型を嫌う傾向にある。

・罰則がない。マイクロチップの義務付けを守らない場合の対処を考える以前に、狂犬病予防接種もしない人への罰則がないので強制力に乏しい。

・現在義務付けられている狂犬病予防接種もしないいわゆる”無責任”な人が、マイクロチップを埋め込む事をしてくれるとは思いづらい。

・日本獣医師会の中で早期導入できる所から導入開始しているが、全国で統一して進められていない。

・すでに世界各国で使用されている以上、マイクロチップ・システムは使用に耐えるレベルに達してはいるが、現状の読取り範囲と精度に関しては技術的な改善が望まれる。

さて、上記の阻害要因以外に、マイクロチップについて調べると以下のデータ管理の姿に関して疑問がわいてきます。マイクロチップに書かれた識別データをキーとして、犬と飼い主の情報が保存されるデータセンターについて触れましょう。

犬の登録情報がなぜ複数の場所に分散されているのか

リーダーで読み出されたマイクロチップ情報は英数字ですから、飼い主がこれをメモしておけば、データセンターに問い合わせをしなくても、その犬が自分の犬であることはわかります。その後データは機械的に接続されたPC(パーソナルコンピューター)に送られ、その数字から犬や該当する飼い主の情報をデータセンターから取り寄せることができます。通常、第三者により保護された犬のマイクロチップ情報から飼い主の情報(登録情報)を確認するのは獣医師であったり、動物管理センターの職員だったりします。
現在、登録情報は以下のように複数の場所にあるコンピュータで管理されているようです。

・Destron Fearing社のマイクロチップの場合: 大阪
・Datamars社、およびAVID社のマイクロチップの場合: 日本獣医師会
・Trovan社のマイクロチップを装着した場合: 沖縄、横浜など3箇所

このように、国内で既に登録済みの埋め込み済みの犬の登録情報は現在複数(ほぼ5箇所)の場所に保管されていて相互に確認ができない状況でしたが、2000年の秋より、日本獣医師会と日本総研株式会社の間で当該データがデータベースの中に存在しない場合はデータの相互照会をすることになり、これでISO準拠のマイクロチップを埋め込まれた犬の登録情報はどちらに照会をしても確実に判明することとなりました。
残るは、非ISO規格のTrovan社製マイクロチップの登録情報が保管されている3箇所とも相互照会が可能になれば、日本全体で全登録情報が容易に確認できることとなりますので期待したいところです。
マイクロチップの識別番号が読めても、登録情報が速く正確に確認できないと意味がありません。

登録情報サーバー(登録情報が保管されたデータベースを持つインターネットに接続されたコンピュータ)は現在のように複数ではなく、一箇所に設置保守し、機械的に二重化してデータを守り、インターネット技術を利用し、しかるべきセキュリティーレベルでアクセス権限を持った関係者がどこからでもWeb画面(ブラウザー)を通してアクセスできるようでなければ意味がないと考えます。

まずは、日本国内の登録情報を一元化することをめざしていただきたいと考えています。それは、現在の技術ではそう難しいものではありません。

次に、各国のサーバーと連携してデータ閲覧できるようにしたらどうでしょう。最終的には、世界規模のサーバーを置いて、一元化できれば犬が家族と共に世界中のどこに移動してもブラウザーでその犬の識別が可能になったら素晴らしいことだと思います。そのためには、登録情報は、最低日本語と英語で記述しなければならないでしょう。

登録情報は個人情報であるので、しかるべきセキュリティーを備えたサーバーにより管理されるべきであり、個人のPCに入れて保管するなどあってはならないと考えます。
また、補足ですが、転居などにより、マイクロチップの登録情報に変更があった場合は、データセンターに訂正申請書を送れば訂正が可能なようです。

なお、マイクロチップの識別情報に紐付けられたデータセンターの登録情報は以下のようなデータです。これらのデータは、コンピュータの内部に保存されますから、新たなデータが必要な場合は追加も可能になっています。

データセンターの登録情報(例)

・登録番号

・飼い主の情報(飼い主の氏名/住所/電話番号…)

・動物の情報(動物種/種類/毛色/性別/呼び名/疾患履歴/OFA検査履歴…)

・獣医師情報(獣医師名/所属獣医師会/獣医師住所/電話番号…)

マイクロチップ普及のねらい

基本的に、マイクロチップの普及は、そのメリットを明確にした上で、犬の登録を鑑札からマイクロチップ番号に移行することで実現できると思います。

(1)

迷子・盗難による愛犬の捜索が可能になる

 

 

犬の登録は現在は鑑札であり、これが犬から外れると意味が無い。全ての犬にマイクロチップの埋め込みを行えば、個体識別ができるので、いざというときに飼い主の身元が判明する。動物病院、もしくは動物管理事務所(保健所)にリーダーを設置することにより、迷子、盗難犬を飼い主に戻せる。

(2)

安易に犬を手放せなくなる

 

 

1)飼い主の飼養継続不可による犬の遺棄がマイクロチップの導入により減るという期待感がある。
2)猟犬に猟犬登録をマイクロチップ番号とすることで遺棄犬を減らす効果がある。
3)テーマパーク等の、多くの犬を取り扱う事業者に義務づけることで犬の遺棄を防ぐ。

(3)

実験動物の不正入手を防ぐ

 

 

実験動物として使用するためにはマイクロチップ登録を必須とし、一般の犬が実験動物とされることを回避する。

(4)

乱繁殖を防ぐ

 

 

繁殖者は必須とし、血統書にマイクロチップ番号が無いと無効とする。純血種の素性、疾患履歴を明確にし、乱繁殖に使用できなくする。

(5)

入国時検疫期間と作業簡素化への対応

 

 

防疫官がマイクロチップを調査し、長期係留隔離は不要となる。
(備考:動物検疫制度が2004年11月6日、改定され、入国する動物にはマイクロチップが義務づけられました)

日本での普及について

マイクロチップが国として導入を決定した場合のシナリオ

・猟犬は必須とし、警察犬、盲導犬等の所属する団体が明確なワーキングドッグ、また介助犬、救助犬などの家庭犬としてのワーキングドッグを導入モデルとして普及をすすめる。

・繁殖者・犬のテーマパーク事業者・実験動物繁殖者は義務化し、事業の必須項目とする。

・一般飼養者は新規鑑札登録犬から、マイクロチップid登録へと移行していく。(一般飼養者で繁殖を行う場合は義務化する。)

導入のために必要なインフラストラクチャー

(1)

ユニバーサルリーダーの設置

 

 

・これから、さらなる国際化が進むにつれて、マイクロチップは国際規格であるISO規格が望ましいと思います。しかし、すでに4社のマイクロチップが使用されていますから、これら全部のマイクロチップを読みとれるいわゆる”ユニバーサルリーダー”が必要になります。

(2)

データーセンターの統合とセキュリティーの確保

 

 

・日本では実際にマイクロチップを埋め込んだ犬はまだ少ないですが、普及を促進するためには、登録情報が素早く正確に確認できる統合化されたデータセンターをまずは国内で立ち上げる必要があります。次に、世界規模で一括管理するシステム、もしくは各国団体のサーバーをインターネットでつないだ登録情報の連携をいかに早く構築するかどうかだと思います。

 

 

・日本全国規模の統合化されたデータセンターで高度なセキュリティーを持ったログイン認証、バックアップ付きのデータ管理、データ保守手順のルール化、ハッカー対策が施され、また、登録情報の不正書き換えが起こらないこと。

まとめ

マイクロチップの日本での普及は今ひとつというか、その前に捨てられる犬の数を減らさないと猫に小判です。また保護という名のもとで処分されてしまうのですからマイクロチップが普及したからと言って殺される犬がなくなるとは思えません。
これまでの説明でお解りいただけるかと思いますが、現在マイクロチップの導入は始まったばかりです。普及段階ですから、もう少し時間がかかると思われます。上記のように導入シナリオやインフラ整備等の基本条件を検討・考慮していただいて、日本も動物愛護の観点から、国の方針として次世代鑑札であるマイクロチップの導入を早期に実現化していただきたいものです。

(2001/09/09)(LIVING WITH DOGS)

マイクロチップ・システム・メーカーのWebサイト(順不同):
Ext_linkDestron Fearing社
Ext_linkAVID社
Ext_linkDatamars社
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Trovan社

Special thanks to;

神奈川県 H.Wさん
Vancouver, Canada Ms M.K
兵庫県 T.Eさん Ext_link Working & Hunting Dogs Page

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