あるお散歩での出来事

あるお散歩での出来事

リード付きでお散歩することはルールとなっています。しかし、愛犬のしつけを行う上で、オフリードにすることは必要不可欠なことです。
服従訓練をするにしても、ドッグスポーツをするにしても、訓練競技会に出るにもオフリードにしなければ達成出来ないのです。
だからと言ってどんな場所でもオフリードにして良いというのではありません。飼い主はその場の状況を判断し、危険ではない場所(車の頻繁に往来する道路に隣接していないこと)、周りに幼い子供がいないこと、飼い主以外に人がいないこと、早朝の誰もいない公園などで、愛犬と飼い主の間に絆が出来ている、呼んだら戻れる、そして、愛犬から信頼されている。等を考慮し、賢明な飼い主はオフリードにし愛犬の訓練を行います。

そこまで考慮し、努力できない飼い主さんは、オフリードにする場は囲いのあるドッグランでして下さい。犬に何も経験させず、ただ押さえ込むような飼い方だけはしないで欲しいと思います。犬の本能、その犬固有の個性を大事にし犬自身の判断力を養うような育て方を考えていただきたいと思います。

ここで、おなじみの西鶴さんの愛犬と、散歩中のG.R.との出会いを西鶴さんが語って下さいました。

犬は犬同士の付き合い方を犬でなければ教えてもらえないこと、そしてたくさんの経験が犬としての判断力を養うという事実。そしてリーダーたる飼い主が愛犬から求められる信頼を勝ち取るため何を期待されているか考えてみましょう。(LIVING WITH DOGS)


いつもと違う時間帯にお散歩にいくとこれだから嫌になる。近所で評判の「犬繋いでおけおじさん」に遭遇してしまったのだ。本日の怒髪天突状態はお散歩中に起きた。

 このおじさん、ゴールデンをつれて夫婦でお散歩をしておられた。河原の土手でこのゴールデンはウンコをして、おじさんはスコップで芝を掘り返しウンコを埋めておられた。 

放置ウンコは問題だが、養生中の芝にウンコを埋めるのも行政のやり玉のもとだと思うが、そんなことで怒っていたら胃がもたんからワシは無視して通り過ぎようとした。

その時、このおじさんのゴールデンがエースにご挨拶しようと鼻を近づけてきた。別になんということのない光景なんだけど、ゴールデンのリードを持っていた奥様がいきなりゴールデンのオケツにリードでしばきを入れたのだ。 えっ? たんなる挨拶なのに?

おじさんがワシに「犬はつないでおけ」って怒ってる。ちょっと状況がワシ掴めなかった。
「にいちゃん、犬は繋いでおけ。犬同士ケンカしたらどないするねん」 

「えっ? ケンカなんかしないけど…」

「犬のことやから、何があるかわからん。犬は繋いでおけ! そういう決まりやろ」

何の決まりか知らんが、この決まりという言葉でワシはまた胃をキリキリと痛めることになる。

ワシが犬は挨拶しようとしただけなのでケンカしようとしたわけじゃないし、ワシの犬はたんに歩いていただけでおじさんには何も迷惑かけてないことを説明してたら、このゴールデン、さらにエースと遊びたがり首輪がすっこ抜けて、川の中でヌートリアに興味を持っているエースのところに一目散にかけていっていまった。

奥様は、阿鼻叫喚の叫び声でゴールデンを呼ぶが、このゴールデンどうも呼びが効かないみたい。嫌がるエースに遊ぼう遊ぼうとしている。

しかたないのでエースを呼ぶと、ゴールデンもエースにつられて戻ってきた。

「おっさん、犬を繋いでおけっていうより、自分の犬をちゃんと飼ったらどうや。あんたとこの犬は挨拶の仕方も知らんやんか。年中リードで縛ってるからや」

「ウチの犬は学校いれたんや」

「おっさん、犬のしつけは自分でするもんや。あんた犬のことで他人に頭下げたことないやろ。頭下げるんが嫌やからルールに固執してるだけやないか。学校いれても訓練士の言うことしか効かんのはあんたが犬のことを何も考えてないからや。この犬は賢い。でも、おっさん、あんたが馬鹿やから呼びが効かんねや。おっさん、あんたが犬を学校にいれる気持ちは、なんでも他人の問題にしてまう気持ちがあるからや、なんでも他人のせいにする。ワシの犬がノーリードで何をしたか言うてみぃ」

「それでも、犬は何をするか解らんやろ、昔散歩していてワシの犬が噛まれたことあるんや」

「おっさんとこのゴールデンは、挨拶のしかたもまだできん子供みたいや。体が大人やのに挨拶できんから他の犬に嫌がられたんやと解らんか?自分の犬が信用できんことが問題や。あんたが学校いったらどうや」 

このやりとりを遠めで見ていた近所の犬飼いの人が後で教えてくれた話によると、このおっさんすぐに「犬をノーリードで散歩させてる奴がいる」と行政に電話をいれるそうだ。 

善良なる罪だ。このおっさんは果たして犬を飼っていて楽しいのだろうか?他人に頭を下げることはこのおっさんには許しがたい罪なんだろう。

そのリスクを避けることから、ゴールデンは年中繋がれたった一匹で暮らしている。リードでビシビシと打たれながら、家族にも信用されずに、また他の犬からも遊んでもらえない。それでも、犬種の特性だろう、常に誰かとの関係を諦めない。

このおっさんの考え方というのは裁かれない罪だ。善良なる市民であろうとすることが、大きな罪を産みだしていることにすらこのおっさんは気がつかない。自分の中の罪に向き合うことなく、常に誰かに依存している。

善良であることにしがみつくしかないこのおっさんと、あくまで誰かと関係をもとうとするゴールデンを見ているとワシは怒りと虚しさで胃がキリキリと痛む。

ワシは元来は胃が丈夫な体質らしい。多少の暴飲暴食は屁でもない。が、問題なのは消化しきれない事柄を体内に取り込んだときにワシの胃は、それをなんとか消化すべく胃酸を出す。さっさと消化させることを諦めればいいのにである。見ないことにすれば済むことだ。消化のよいものだけを食べていればいい。

「なぁ、おっさん。一回犬を空き地で思いっきり遊ばしてやったらどうや。この犬ならすぐに挨拶覚えるし、呼びも聞くで。人に迷惑かけたら頭下げたらええやないか。犬飼いは多少のことやったら許してくれるで」

ワシは、言ったがこのおっさんはプンプンと去っていってしまった。ゴールデンは、リードで引っ張られながらも、チラチラと後ろを振り返って愛嬌のある舌を覗かせていた…。
(2001/04/13)(兵庫県・K.Nさん) Ext_link DOG FREAK  

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