山梨県「犬捨て山」レポート

山梨県「犬捨て山」レポート

LIVING-WITH-DOGSの読者から、山梨県の「犬捨て山リポート」が届きました。里親さんの元に渡った犬たちと入れ替わりに、相変わらず仔犬は生まれ、さらに捨てられる犬も減らないようです。
そんな犬を捨てたことのある人は、いつか、例えば、「動物たちのレクイエム」のような写真展に偶然出会うと、その時のことを鮮明に思い出し、それで、一時は優しさが宿る。犬を捨てる人達は普通の人達なんです。
厳冬の中、フードが底を尽きました。出来ましたら皆様の暖かいご援助をお願いいたします。
(LIVING WITH DOGS)


1月13日、山梨の犬捨て山に行ってきました。
市街地を抜けて、峠のふもとに入り、車で二十分、道路がかちかちに凍結していたので、そこに車をとめて、あとはを滑らせないよう、のんびり慎重に、30分くらいかけて登りました。地元の人間しか足を踏みいれることのないような、道も舗装されていない暗い山の中です。

猟のシーズンのようで、山の中には、ライフル銃を手にした猟友会のハンターたちがたくさんいました。物々しげな雰囲気が周辺に漂っています。
素人目にも、こんな山のふもと、しかも真昼間に、猪や鹿が現れるとは到底、思えません。もしかしたら、ハンターたちは、はじめから猪や鹿ではなく、犬捨て山周辺に出入りする野犬を標的にするつもりでいるのかも知れません。

その日は、お天気がよく、山歩きにはよい日でした。ときおり野犬の群れが、山林の中から見え隠れします。見慣れぬ人間が突然やってきたことに警戒し、物陰から、こちらを窺っているようでした。林道の両脇には、犬のけもの道がそこここにあり、野犬化した犬たちが、ここを自由に行き来しているようです。

だいぶ犬が増えてきたな、と、歩きながら感じている矢先、行政が設置した「犬や猫を捨てないでください」という大きな看板が現れました。 いよいよと思いながら歩いていると、視界が突然ひろがり、山の中を切り開いて作られた、「犬捨て山」が見えてきました。周囲には鉄の柵が張り巡らされていますが犬たちが私の訪れに気づき、一斉に柵越しに集まりギャンギャン吼えたて始めました。これは犬好きの私でも、おもわずひるむ瞬間でした。

柵の内側にいる犬たちだけではありません。周囲の山林、道端にもたくさんの犬がいてこちらをけん制してきます。

なるべく平静を装い、そしらぬ顔をして歩みを進めると敵ではないと察したのか、鳴きやみおとなしくなりました。もともと飼い犬だった彼らは、心底、人間を敵視することはできないようです。なかには、やっとここを連れ出してくれる新しい飼い主がやってきたのかとでも勘違いしたかのように、親しげに尻尾を振って近寄ってくる犬すらいます。

犬たちがこの場所で楽な生活をしているわけではないことを物語っています。

このへんは、東京に比べると冬がとても長く、雪も多い土地です。これから訪れる、本格的な寒さを考えると、やるせない思いがしました。家庭犬として育てられ、飼い主の勝手で無残に捨てられた犬には、ここの厳しい寒さ絶えられず、毎冬、凍死するものが絶えないといいます。

犬捨て山は数ヵ所あるのですが、私がその日訪れたところは、犬が80匹ほどいるところでした。
犬捨て山の地主(今回、動物愛護法で行政勧告を受けた不動産屋社長)は、そこにいなかったので、たまたまい合わせた犬捨て山の番人と思しき人と、少しだけ話しをしました。
犬捨て山の地主に雇われたホームレスの人です。

地内にある小屋や廃バスの中に住んで、犬たちのエサ番をしています。話をした感じでは、彼はこれといって善意も悪意もなく、ただ仕事をこなしているようで、犬たちに対して、責任とか危機感といったものは、全く感じてはいないようでした。繁殖することで、不幸な犬が増えることにも、なんのためらいさえないように、私には感じました。

「今は狂牛病の影響でペットフードの生産量が落ちていて賞味期限切れの余りものが貰えないから、犬たちの食べる餌がなくて可哀想」とか、「犬が好きならもっと可愛い仔犬がたくさんいるから見せてあげるよ」、というようなことをその方が言い出してきたのでとりあえずお断りして、山を後にしました。

この山にいる犬たちのほぼ100%が元飼い犬だといいます。はじめは犬捨て山の地主が、あることを発端に、保健所から大量に犬たちを連れてきたことからはじまったようです。しかし、それからもうだいぶ経ち、愛護活動家たちの手によって、無事、保護され里親に出されたもの、または厳しい環境に耐えられず死んでしまった犬たちがほとんどで、当初、保健所から連れてこられた犬というのはもはやここにはいないそうです。

ではなぜ、今もなお、400もの莫大な数の犬がここにいるのでしょうか。動物愛護支援の会代表、マルコ・ブルーノさんにお話しをうかがうと、犬捨て山の噂がうわさを呼び、犬を助けに来るどころか、犬を捨てにくる人が絶えないからだといいます。

地元の人間は、自分の家で不要になった犬をそこへ捨てにきます。ここならば、仲間もいるし、捨て犬にエサをやる変わり者もいるし、きっとコイツでも立派に生きていけるだろうと勝手に解釈し、不法投棄された粗大ゴミでいっぱいの山の中に、自らの愛犬も「不法投棄」してゆきます。

捨てられた犬たちは、飼い主の胸に再び抱かれ、暖かい我が家に連れ帰って貰えることだけを願い、不慣れな土地で、たった一匹で、飼い主を求め薄暗い山の中をさまようのでしょうか…。
そして飢餓に苦しみ、縄張り争いの絶えない野犬の群れに激しい攻撃を受け、無念のうちに命を落としてゆくのです。

捨てられた犬たちには生き延びるすべがありません。獲物など、こんな山のふもとにはいません。たとえ獲物がいたとしても狩猟のための能力は、飼い犬だった彼らには、もう残ってはいません。スポーツハンターたちのかっこうの餌食にされることもあるでしょう。飢えと寒さに苦しみ、捨てられた犬たちの大多数がここでは生き残れないと思います。

マルコさんらによって、犬捨て山から無事保護され里親に出た犬たちは、どの犬も新しい家庭に上手に溶け込み、家族の一員としてとても愛されているそうです。
ここまで譲渡の後、全く問題がおこらない犬たちも珍しいといいます。マルコさんは言います。
「犬たちは犬捨て山での辛い生活を覚えているのです。もう二度と、犬捨て山に捨てられるのはいやだから、飼い主に対してとても従順に、いいコにしています。また捨てられることを怯えているのです。かわいそうに。」

五ヵ所あるという犬捨て山の1箇所しか見れませんでしたが、途方もなく、たいへんなことになっているという印象を強く受けました。たいていの人間なら、あまりの犬の数と、劣悪なその環境に関わりたくない、と、見て見ぬふりをしたくなるところだと思います。

犬たちは、狂牛病の影響で、ドッグフードの余りものが最近、貰えないから、ということで、鍋にもられたまっしろなおからを分け合いながら食べていました。これも目に余る、とても辛く悲しい光景でした。
マルコさんらが懸命に遠くからフードを運んできても400匹もいる犬を前にすると、まだまだまったくといっていいほどフードも用品も足りてはいません。

帰り際、山を下りる途中、猟友会の腕章をした中年の男達に声をかけられました。この土地に私が何をしにきたのかが気になるようです。写真を撮りにきただけ、と、答えると、安心したのか、猟犬に逃げられてしまった、犬の声が山の上のほうでしなかったかと聞いてきました。
これにも思わず苦笑いです。犬の声もなにも、周辺を徘徊する犬を合わせれば、100以上の犬がいるというのに。

ハンターたちの多くは、狩猟のシーズンが終わるころになると犬を山に置きざりにするといいます。もっと悪質なハンターは、自分の猟犬の足を銃で撃ち、ついてこれないようにしてから山を降りるといいます。猟犬たちは、こんなハンターたちについていてもロクなことがないと察して、逃げてしまったのかもしれません。こうして今日また犬捨て山の住犬? が増えてしまったようです。
また、ハンターたちは犬を諦めたのか帰り際、犬捨て山の番人に対して、「おまえたちがちゃんと犬を管理していないからだ。おかげで今日の猟がだいなしだ!」などというようなことをどなりちらして山を降りていきました。この土地は、犬捨て山の地主のものですから不法侵入はむしろハンターのほうなはず。やりとりを聞いているだけでため息がこぼれます。

犬捨て山を降りはじめ、しばらくしたとき、後ろに気配を感じました。そして振りかえると、いつからいたのか、黒い中型犬が私の後をついてきていました。

きっと気付かれないようにしていたのでしょう。
つかず離れずの距離を置いて、遠慮深げな物腰で少し後ろのほうで尻尾を振っています。
私にはその犬と目を合わせることがその時、どうしてもできませんでした。その犬の寂しげな佇まいが今でも胸に焼き付いて離れません。(2002/1/17)(東京都 T.Sさん)

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