犬の遺伝性疾患を考える (家庭犬記事その3)
犬の遺伝性疾患を考える (家庭犬記事その3)
JKC家庭犬で取り上げられた遺伝性疾患についてですが、1回目は「遺伝性疾患削減の推進には」、2回目「世界の股関節形成不全(HD)の取り組み」として、当サイトでご紹介しています。
家庭犬7.8月号ではJKCの理事を交えての座談会でJKCとしての考え方が紹介されています。中でもブリーダーであるJKC理事、審査委員の方々がこれまでの反省を含んでの話は、JKCが遺伝性疾患への取組をすすめよう、JKCの中を変えていこうという意志が見えます。
(LIVING WITH DOGS)
JKC家庭犬座談会から(要約)
JKCは年間151犬種、56万頭の登録があり、FCI世界で80ヶ国で年間200万頭の登録頭数に比較し、日本はその4分の1以上を占め、いかに純粋犬種が多く飼育されているかが判ります。
1990年代、流行犬種ゴールデン・レトリバーの登録頭数が96年には5万頭を超えています。
94年、JKCは、その対策をと股関節形成不全の検査を行うこと、合格犬は血統証明書に記載するという方向性が理事会で審議されました。首都圏の獣医大学X線専門医に、診断組織を作っていただくように持ちかけましたが、残念ながら実現に至りませんでした。
陰山先生が2003年NPO法人日本遺伝病ネットワーク(JAHD)を設立くださって、新しい筋道を作って下さいました。
小川:遺伝子研究を行っていますが、犬や猫で遺伝子が原因と思われる病気はいろいろあっても、遺伝子レベルでの原因に到達できません。
神里:JKCでは、個体識別を目的としてDNA登録制度を導入しましたが、現在約5万頭のデータベースが構築されています。世界中のケネルクラブに先駆けて行っています。
小川:例えば、ブルドッグが正常分娩出来ないほど頭が大きい。遺伝的にコントロールされているので病気とは言えない。遺伝が、病気と、犬種の特性、その境目ははっきり明言できません。
神里:純粋犬種が増えたのは、専門家であるブリーダーのブリーディング・ストック(繁殖犬)ではなく、一般のペット同士の繁殖が多くなって数が増えました。分母が増えれば分子も増える、すなわち遺伝病も多くなり、クローズアップされてきたんだと思います。
陰山:10年前アメリカ、ペンシルベニア大学にペンヒップを開発したゲル・スミス博士の元に留学し、当時JKCの諸先生方がニューヨークにいらっしゃって、股関節の問題を何とかしたいとの話になり、帰国後、調査・研究をしていました。当時は大型犬で股関節形成不全の犬が出てきました。しかし、日本できちんと検査・評価する機関がなかったというのが問題点でした。これは、犬に係わってきたすべての人の責任だと思います。3年前にJAHDを設立、非営利ですから個人の利益や名誉は全く考えていません。診断結果は中立・公正でなくてはならないわけです。あらゆるしがらみを全くなくして法人を設立しました。その上で、股関節形成不全、肘関節形成不全、膝蓋骨脱臼の診断と登録、公開をしていくシステムを作りました。近年、生まれた犬をきちんと調べたいという方が増えてきています。現在、全国の獣医さんで調べられます。結果を集積し、その結果を元にブリーディングを考える方が増えてきたのです。これまではブリーダーは動物を作る職業、獣医は動物の病気を治す職業と完全に分離していましたが、これからは、一致協力して、日本で健康な素晴らしい犬たちを作っていかなければならないと思います。
神里:陰山先生は「犬種はスタンダードにそって繁殖するものであり、その中で遺伝性疾患がでてしまうのは仕方のないことかも知れません。遺伝性疾患を持っていたとしても、犬として無価値、あるいは不合格として烙印を押すべきではありません」と書いて下さいました。ブリーダーとしての立場では、犬種としてのタイプ、クオリティーのより高いものを第一に考え、健全性はそれらよりも優先することはありません。ブリーダーは目で見て、手で触って、確認し子犬を選別、手放すときは、遺伝性疾患を発症していないこと。さらに繁殖に使う場合にも発症していなければ、その繁殖は正しかった。それが4、5才で発症したときに初めて、その繁殖は正しくなかった、その犬は繁殖に使わない。という形を取ってきました。判明するまでたいへんな時間がかかったわけですが、科学的、獣医学的進歩によって、もっと早く判るということになれば、今後ブリーダーはそれをどう活かして繁殖していくかになるわけです。
陰山:多くの方に理解して欲しいのは、股関節に関して言えば、動物は股関節だけで生きているわけではない、すべての気質、体型、を判断するのがブリーダーですから、その判断資料の一つとして検査結果を使っていただくことが重要です。
一般の家庭犬を飼っている方には、正確な情報を提供し、一般の方々から犬の遺伝性疾患に対する偏見をなくすことが重要だと思います。一部のマスコミは非常に偏った報道をする場合がありますから、遺伝病という偏見アレルギーを起こします。この二つが非常に大切です。
神里:普通に犬を飼っていて健康である限り、遺伝病を気にすることはありませんが、いざ具合が悪いと、獣医さんで「そんな病気なんですか?」と直面します。どう思いますか?ブリーダーの立場から。
五十嵐:日本では、流行犬種が急激に増え、1年で3倍、4倍も登録頭数が増える。これはマスコミの影響が大きいのですが。結局、良くも悪しきも、とにかく生産することに力を入れすぎて、インターネットとかに出したりして。これではいい犬を作るために繁殖するのではなく、利殖のためにやる人が出てくることになるんです。そういう人達は、自分たちの家族として犬を毎日見ているわけではなく、まるでニワトリの養鶏場みたいな状態で犬を繁殖させることになる。遺伝的形質や、その犬種に何が必要かなんてことはお構いなし。ダックスは珍しい毛色を出すために交配し、新しい毛色を売るわけです。
結局、純粋にショードッグとしての犬を評価する人と、利益だけを追求してやる人の二つに分かれてしまうんです。マスコミの力は恐ろしく、簡単にコマーシャルを見てチワワを買ったり、増やしたりする。プードルもです。レッド人気ですが、レッドのプードルで良いものはなかなかないでしょう。またプードルにはPRAという問題もあります。AKCは血統書に記載しています。一番大事なことですが、一気に登録頭数が伸びるということは怖いことですね。
神里:日本人は犬種を選ぶとき流行に左右される傾向があります。陰山先生、このような状況を考慮すると、症状の発症の有無の確認が出来るよう、種雄を繁殖に使う年齢を2歳以上とすることはどうでしょうか?
陰山:股関節や肘関節の診断可能な時期は多くの国では1才以降が妥当であろうと言われています。
中澤:一般の開業医として、また海外で審査する立場上ですが。骨学的な遺伝は一番診断しやすい。一方内面的な体質、遺伝病疾患は、はっきりと判りにくい面があります。アメリカ、ヨーロッパで、「日本ケネルクラブはどう対応しているか?」と聞かれ「対応していない」と答えていました。数年前、スウェーデンでは、遺伝性疾患について対応していました。世界的にも、ケネルクラブが骨学的な問題から受け入れはじめています。日本もJKCで取り入れていただくのであれば、これはありがたいことです。
開業医の立場として、これまでは、ブリーダーたちの依頼でレントゲンを撮り、海外(OFA)に診断を仰ぐのが現状でした。現在、個人病院に「この犬の繁殖使用可否の依頼」がありますが、一人の判断では非常に難しいのでJAHDに依頼しています。海外には出さず日本の学術協力のためにも、日本で守るというのが基礎です。
神里:JKCは今後、専門委員会に諮問し、答申を受け、理事会で審議するプロセスになると思いますが、JKCが血統証明書に載せれば、ブリーダーに情報を提供していくという形になりますね。
中澤:JKCの情報提供と同時に、ブリーダー自身が「気を付けている」ということをアピールすることにつながると思います。
神里:ブリーダーだけではなく、子犬を買おうとする人にとっては、両親犬が検査をクリアしていると判れば安心です。
五十嵐:ブリーダーとして守らなければね。私は1頭の種犬を何年かかってでも探してくる。4代祖まで調べ、それで入れても問題が出ることもあって、難しいから。他の人は何でもかんでも買ってしまうけど、もし1頭でも自分の犬舎に検査をクリアしないのが入っちゃうと、あとで血統から抜くのが大変になっちゃうでしょ。
神里:その犬種に置けるブリーディングストックの頭数が多ければ選択基準を厳しくして選べるが、少ない犬種は、ややもすると、適切でない犬でも使わざるを得ない面もあんです。
五十嵐:今まで知らなかった犬種が日本で盛んになると、病気のことを初めて知る。それまでは知識がなかったから、いっぺんに増える。
中澤:かつて、アメリカから股関節検査をクリアしていない犬が日本に輸入され、私達は一生懸命繁殖させてしまったわけですよ。それが現在は検査していないから日本には売らない、こういう風に変わってきました。今、遅ればせながら遺伝性疾患のなるべく少ない犬を作るために、声を大にしてアピールし、やっと5年ぶりくらいによい犬を輸入できたんです。
小川:いつ発症するかということですが、遺伝病のうち、かなり多くは胎児期に胎児が死んでしまいます。順調に生まれないというのは、遺伝病を持つ可能性が高い。生まれてすぐ死亡するのも、目立ちますから遺伝病を持つ率が高い。骨の問題では遺伝的素因を持っていても出ないと言うのもある。
遺伝子で単純に病気になるというのは、比較的原因をと捕まえやすい。血液の病気は、心臓が出来てくる過程で随分いろんな遺伝子が関わって出来るので奇形があってもなかなか遺伝子だと判定できない。関節の話では、いろんな遺伝病があって、その中で検査すれば、明らかに遺伝病だと判るもの、表面上わかっているもの、見れば判るものは、繁殖ラインからどけていくことからはじめて、徐々にきれいにしていくという形だろうと思います。
神里:最近は小型犬種が増えていますが、トイ犬種は、本来の犬の健全性からはかけ離れていると思うのです。サイズも小さいし、短吻系も。生存目的、作業目的から見ても健全性に結びつかない異質な形になって、愛玩犬という形になっているのもあるんですね。それら、遺伝的影響が出やすい小型犬種が、日本で多くなっているという現状は危惧されると思います。
小川:東大病院では、神経、脳、脊髄の病気を調査していますが、脳の中に水がたまる、側脳室を犬種別にみると、大きさが違っていて、特に小型犬種は大きい。しかし中には大きくない犬もいる。やはり遺伝的に異常があるんじゃないかと疑わしいのですが。脳が出来る過程で、どうも無理があるという印象です。ゴールデンやラブの脳室は非常にきれいな脳室ですが、逆にほとんど脳室のない犬種もいて、本当にこれで良いのかとも思うんですけど。どちらかというと短頭種はやはり無理が来ているという感じです。
陰山:アメリカやイギリスでは、犬の遺伝子の解析をやっており、それを元に、人間の病気のモデル動物として犬の遺伝性疾患を参考にしようとしています。最終的に犬から得られた知識を人間にフィードバックするためです。
永村:宿坊さんは毛色の本を書かれたのは、何か遺伝病がきっかけなんですか?
宿坊:毛色が出回っているので、もともとの犬の色はどういうものかから始まりました。ダックスだけでもたくさんの色がありますが、毛色と遺伝的疾患の関係は、希少な毛色にみられるもののほとんどは、血統プールの貧しさにありそうです。
神里:JKCが血統証明書に毛色を載せているのは、毛色には優劣があり、その毛色の遺伝子に結びついた他の特長が一緒に遺伝するので、遺伝因子の優劣を考える上で、ひとつの道しるべとして毛色を乗せています。退化につながる毛色は、他の部分の退化に対する警鐘と考えられるものです。犬種には、生存目的がありますから、それにあった毛色がスタンダードに決められています。
当然白色だけという犬もいますが、白はダメという犬種もいます。それは白は生存目的に合わない毛色ということで目安となります。ペットとして飼うのにどんな珍しい毛色でもいいんじゃないかと言うことになってくると、本来の生存目的から反する毛色も多くなり、犬種的に健康であれば酔いのですが、次世代に健康でない犬を産むことに繋がります。それに対して警鐘を鳴らしていかなければならないと言うことです。
宿坊:犬の毛色は、環境に応じて変化してきた。人が純血犬種ということで毛色を決めてきた。遺伝に対して起こるんだけど、ということを前提にして話し合えば色々と情報は出てきそうな気がします。ブリーダーは自分のところは遺伝性疾患を起こさないと言うのを一つの看板にしているということもあるので、情報開示しにくいところもあるんじゃないかと思います。
(つづく)
<座談会の出席者>
東京大学付属家畜病院 病院長 小川博之
NPO法人日本動物遺伝病ネットワーク代表 陰山敏昭
獣医師、全犬種審査員、JKC理事 中澤秀章
JKC中央犬種標準委員会委員長、全犬種審査員 五十嵐一公
一般愛犬家 宿坊登代子
JKC理事長 永村武美
司会 JKC専務理事 神里洋
■そこで読者の皆様にお願いです
このような大きな前進を促すには愛犬家、会員の一人一人の声がJKCに届くことが後押しをします。是非、JKCに「遺伝性疾患について」の積極的な取り組みを期待していることを直接、電話やFAXで告げて下さい。
以下のように感想や質問をJKCに是非送って下さい。
● 今回の記事は参考になった。
● 遺伝性疾患削減の取組をJKCも行って欲しい。
● 欧米では診断結果が血統書に記載されているらしいが、日本も記載して欲しい。
● 次回の「遺伝性疾患について考える」を楽しみにしています。
● どこにお願いしたら検査してもらえるのか。
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