ある老犬との暮らし [11]少女の日記
最近のタロは散歩の催促も、食欲も随分と活発になりました。暑さにはバテていますが、これは私ども人間達も同じですね。だから段々と涼しくなって行くのがとても楽しみです。ただひとつ、散歩の時の歩き方の、前足はまあまあですが、後ろ足の引きずるような動きが実にカッコーワルイのです。
さて、前述の二人の少女のうち、妹さんの日記を、お母さんのメモと共にここに紹介します。犬嫌いの少女がタロとどんな関係になれたのか、お読み下さい。ここで彼女達の「おじいちゃん」は既に故人です。
●メモ
亜美が、夏休みの宿題の日記に、○○さんの山荘ですごしたことを書いておりましたので、お伝えしたいと思います。
[7月30日、亜美] おじいちゃんの友だちのべっそうに行きました。それはそれは遠い道のりでした。名古屋から高山までの汽車に乗っていると、緑色の川が見えたり、山が見えたりして、けしきがきれいでした。
べっそうではだんろやいろりがありました。そして年をとってちっとも動かないタロという犬がいました。タロは95歳のおじいちゃんで、耳が聞こえなくて、ごはんも食べないのできのうまで点てきをしていたそうです。私は犬がきらいだけれど、おそるおそるタロをなでてみました。黄土色の毛の下に、ぼこぼこと背ぼねがさわってびっくりしました。
白川郷につれて行ってもらってあまいとうもろこしを食べたり、わらぞうりを買ってもらいました。わらぞうりをはいたら、ちょっとくすぐったかったです。
夜は炭をもやして、いろりできのこなべを作って食べました。その時ろう下からドテバテと音が聞こえたのでドアを開けると、おどろいたことにタロが立っていました。みんなで手伝って和室の近くまでつれて来ました。きっとタロはみんなと遊びたかったんだと思います。
べっそうから帰る日、私はタロと別れるのがとてもつらかったです。「長生きしてね。」とタロに手紙を書きました。来年の夏もべっそうでタロときのこなべを食べたいです。(以上、原文のまま)
●メモ
高山の自然の素晴らしさ、そして暖かなおもてなしに感激しました。しかし、なんといっても、タロとの出会いは一生の思い出になるでしょう。年老いたタロ、そしてタロを愛し、支える○○さんご夫妻の姿を拝見し、その光景が、亡くなる直前の父と、父を支える私たち家族とだぶって見えたのは、おそらく私や母だけでなく、二人の娘たちも同様だったでしょう。
娘達は、父が最後に、この世への未練を捨てるかように、深い息をひとつ吐いて旅だった様子を、つぶさに見ておりました。最後はよほどつらかったのか、父のベッドの下にもぐって泣いておりました。娘たちにとってつらい経験だったとは思いますが、大切なことを娘たちの心にともしてくれたと私は信じています。
父の死を通して、娘たちの心にともった何かが、タロと出会った事で、より確かなものになったように感じます。今日も、また「タロは元気になったかなあ。タロは、嫌いな牛乳を頑張って飲んだから、うんちがたくさん出たんだよ。」とタロの話しで盛り上がっておりました。
本当にお世話になりました。麻奈が、ホームページに自分たちのことが書いてあるのを読んで、「私、○○さんにメールでおたよりしたい。」とはりきっております。(以下、略)
麻奈ちゃん、亜美ちゃんの声援に応えるべく、明日も元気に散歩するぞー。たとえ後ろ足がもつれても…。
(愛知県 T.Iさん Taro’s Home Page )