犬が人と共存する幸せ
犬が人と共存する幸せ
犬は犬として狼やジャッカルの起源から独自の進化をしてきました。人はアフリカの大地から進化を進め、今や地球を脅かすほどの驚異となっています。
家犬にとって生きる術は人に従属しなければ命を全う出来なくなっています。
犬は古来から人の最良のパートナーでした。しかし、その時代々々で、犬は人と共通の目的を持ったり、友となったり、ある時は敵になり、そしてある時は邪魔者にされ、その場面ごとに環境は異なってきたのです。
大事にされてきた犬、感謝された犬、邪険にされた犬、そして危険と思われて殺された犬、いらない犬として殺された犬達でした。
もうそんな時代ごとの、場面ごとの環境の違いをなくさなければならないと切に思います。
犬という種ほど人のパートナーとして素晴らしい種はないと思うからです。
人にとって、これまでの残虐な勝手な人の判断や行為を改めていく時代となったと思うからです。
現在、犬を介しインターネットで集った方々はきっと同じ思いを抱いていらっしゃるのではないでしょうか。
未だに犬の飼い主と公に言われています。飼い主とは?飼い主であることは飼い主としての飼い犬の責任が問われることを人は忘れていませんか?
飼い主であろうが、共に暮らすパートナーであろうが、責任は人にあります。
犬の本質をこれまで追求してきたLIVING WITH DOGSですが、犬は追求すればするほど種として素晴らしい進化をした動物であることを認めざるを得ません。
愛犬との暮らしに、未だに「人は愛犬に自分の欲求を求めすぎている」のではというきらいがあります。
本来、「人と犬の共存」はお互いに同じレベルで尊重しあう事で成り立つのです。
この意味を間違って理解している飼い主(この場では飼い主と言わせていただきます)がいることを、そして、この飼い主さんに「犬って貴方には何?」を問いかけたいと思うからです。
犬は信頼するパートナーである人と共に暮らし、その人の気持ちまでくみ取り、憤った人には、「どうしたの?」と暖かい身体を寄せてくれます。そして人が悲しいときは、「もう大丈夫!」と涙をなめてくれます。痛みを持った人にはそっとしておいてくれるやさしい思いやりの行動を示してくれます。
人と犬は同じ言語を持っていません。
しかし犬は人の心まで理解し癒してくれるのです。
では、人はどうでしょうか?
人は犬の言葉を理解出来ません。ほんの僅かな愛犬のボディーランゲージでこの子は何を考え何を求めているかを判断しています。しかし本当に理解していますかと問わなければなりません。
犬は、楽しい、嬉しい、痛い、つらい、恐怖、嫌だというボディーランゲージを出す前に、信頼する貴方(飼い主)が喜ぶことに忠実であろうと思うからです。
その愛犬の忠実さを飼い主と共にいるから幸せと考える事は、人の勝手な思いこみでしかないのです。
犬が思いやりを示してくれることを当たり前にし、人が勝手にこの子は私といつも一緒にいるから幸せだというのは人の勝手な思い上がりでしかないことを考えて下さい。
LIVING WITH DOGSは愛犬と一緒に様々な体験をし、共通目的を持って、その時間、楽しさ、スリル、を共有することが大切であることを今まで皆様にお伝えしてきました。
しかし、この思いが人の自己満足だけで行われるのではあれば、それは否定します。
我が家の犬は9才を超え、老齢期にはいりました。犬は私達に喜んで貰いたいため、嬉しそうにはしゃぎます。お散歩も足並みも軽やかに尻尾をふりふりします。家に戻り、彼女の寝姿は満足と共にこれまでに見られなかった疲労も見られます。
この子にもう無理をさせてはいけないと思う今日この頃なのです。
犬の老化は早く、またひとたび進行性の病に冒されたなら人の5倍〜7倍のスピードで冒されていきます。
犬が人を思いやる。人も犬を思いやる事。これが人と犬の共存ではと考えます。
「犬が人と共存する幸せ」とは、お互いに尊重しあいお互いに思いやることが大切であることを、もう一度皆さん考えなおしてみましょう。
(LIVING WITH DOGS)(2001/06/17)