アルゼンチンの犬事情

アルゼンチンの犬事情

アルゼンチンに海外赴任された読者の方からアルゼンチンの犬事情が届きました。どこの国でも放置糞は悩みの種、飼い主の意識も千差万別。犬の散歩やさんは日本でもずいぶん増えてきましたが、ニューヨークでのお散歩代行業の映像を見ていましたから、アメリカが最初かと思っていたんですが、ブエノスアイレスが犬の散歩屋さんの発祥地だそうです。アルゼンチンの動物愛護の様子などこれからも情報をいただけるとありがたいです。(2005/11/30)(LIVING WITH DOGS)


犬の散歩条例を遵守するブエノスアイレス市民はごく少数

<Clarin紙2005.11.10社会面 Nora Sanchez記者>
(翻訳者ElisAR、写真と文章の内容は関係ありません)

本紙記者は市内の幾つかの区の広場や通りを歩いてみて、違反を確認した。もっとも多いのは排泄物を拾わないことである。しかし、今年になって、ブエノスアイレス市当局が排泄物放棄で飼い主に違反切符を切ったのはわずか1件だけである。

一匹のペキニーズ犬がノルウエー広場の花壇の植え込みをクンクン嗅ぎまわっていた。高級住宅街ベルグラーノ地区の住民である上品な身なりの女性飼い主は、「花壇への犬の立ち入り禁止」と書いてある注意書きを無視していた。一人の男性がその飼い主に文句を言った。「犬は入っちゃいけないとそこに書いてあるのが見えませんか?そこから犬をドッグランに連れ出したらいかがかね」

飼い主は憤慨した様子で「この子をほかの犬と一緒にドッグランに入れる?そんな馬鹿なことはしないわ。あそこには入れるのはもっと大きい犬種だってことを知らないの?」と反発した。 

この飼い主の態度はなにも珍しいものではない。無視しているのか単に知らないだけなのか、ブエノスアイレス市民で犬を散歩させる際に市当局が定めている条例を守っている飼い主はほとんどいない。例えば、登録証なしに3匹以上の犬を連れて歩いてはいけないとか、引き綱なしに連れて歩いてはいけないとか、街の構造物につないではいけないという決まりを理解している飼い主は多くはない。また、犬の糞は拾わなければならないと皆知っているにもかかわらず、飼い主の多くはそんな決まりは知らなかったという態度を取るのだ。


本紙は市内の幾つかの区の広場や通りを歩いてみて、大多数が決まりを守っていない、しかも決まりを守らなくともそれに対する報いはなきに等しいことを確認した。ブエノスアイレス市当局によると、犬の散歩に関しては2005年本日まで2858件の違反が検挙された。しかし、市当局のよるとパスツール動物源感染症研究所が算定した市内に居住する42万5978匹に対しこの数字は控え目すぎる。この頭数に対し、市当局が擁する監察官は15名に過ぎない。

ブエノスアイレス市環境局によると、監察官の数が足りないということではなく、問題は警察官が同行しないと見回り活動に出動できないということなのだという。条例は、違反者が身分証明書を提示することを義務付けているので、監察官は自分だけで見回りに出ることが出来ない。違反者が身分証明書や犬の散歩屋登録証を携行していないと、違反切符を切ることができないのである。



違反基準によると、罰金は通常、50ペソから200ペソの範囲である。2005年の違反の大半は、同時に3匹以上の犬を連れて歩いたケースである。ちゃんと知っている人はほとんどいないのだが、自分の所有する犬であろうと3匹以上を同時に散歩させることは原則的には禁じられており、それをするにはブエノスアイレス市犬散歩屋登録をしなくてはならない。首輪や引き綱なしに散歩させることも禁じられている。特に引き綱は、他人に噛み付くのを防ぐためである。

いつも商業地区バリョ・ノルテでボクサー犬を散歩させている飼い主のフランシスコは言う。「マーリーを路上に連れ出して歩かせたり遊ばせたりしている。社交的だし噛み付かないから引き綱は持ち歩かないよ」こうした態度についてパスツール研究所代表のオスカル・レンシーナ氏は「ペットに責任を持っている飼い主は皆無だ。勝手気ままに通りを歩かせるままだし、去勢もしないから数を抑制することも妨げられている」と嘆く。

通りで回収される犬の糞は毎月50?から60?に上るが、不思議なことに飼い主に義務付けられているはずの糞の放置で違反切符を切られたのは今年に入って1件しかない。ブエノスアイレス市環境局によると、監察官は(警察官同伴で)犬が脱糞し飼い主がそれを拾おうとしないという「現行犯」で現場を押さえないといけないからだという。

「この住宅街で犬を連れ歩くなら知らんぷりはさせないよ」と憤慨するのは、もうひとつの高級住宅街パレルモ地区の住人であるペドロ・ベニテス氏。「飼い主は高価な種類の犬を飼っているけれど、犬が糞をしてもわざわざそれを拾おうとする人はほとんどいない。自分の子供たちがそれに触れて病気になるかもしれないって言うのにお構いなしだ。連中に何か言うと、逆切れするんだよ」

違反者は言い訳探しに忙しい。ラスエラス広場の遊具区のすぐ近くで愛犬のビーグルに糞をさせたばかりの飼い主デリア・フロレス夫人は「愛犬の粗相を拾わないのが悪いのは知っているけど、拾うのは気持ち悪いし誰もやっていないわ。レストランが回収時間外に出すゴミのこととかもっと深刻な問題に対処しないほうがおかしいんじゃないの」と開き直った。

 

糞には寄生虫が含まれていることがあるし、人間に感染する可能性がある。パスツール研究所のレンシーナ氏は「衛生上の観点からリバタビア通りの南北で犬を区分すべきだ。北側の犬は通常栄養状態が良いし定期的に獣医にかかっているので寄生虫をもっていることはまずない。しかし、南側の貧困層地域に住んでいる犬は栄養状態も悪いし通りで放し飼いにされている。だから寄生虫をもっている可能性が高い」と分析している(注)。


他方、2001年の条例制定以降登録が義務付けられた犬の散歩屋パセアドールについても議論はかまびすしい。これまで市内で837人の登録があったにもかかわらず、今年登録証を更新したのはわずか132人に過ぎないのだ。その原因のひとつとして挙げられるのが、最大頭数8匹という制約である。パレルモ公園で12匹を連れていたパブロ・ブランコ氏は「そうした制約はコンセンサスを得たものではない」と不満顔だ。「規則があるということ自体は悪い話じゃない。けれど、8匹までに制限するというのは酷いね。自由市場経済の原則に反している。もし8匹までに制限されると、毎日2時間から8時間の散歩で月50ペソ(約2000円)から150ペソ(約6000円)という現在の料金相場を大幅に値上げしなくてはならないだろう。不都合なく操れる最大頭数は自分で分かっているよ」と主張する。

さらにブランコ氏は飼い主の事情を教えてくれた。「本当なら飼い主はパセアドールがちゃんと携帯電話を持っているとか緊急の際の獣医による手当ての術を準備しているとか気にしなくてはいけないはずだ。ところが、飼い主の大半はどこに散歩に連れていくのかすらパセアドールには尋ねず、何時間で料金は幾らということだけ気にしているのだから」

(訳者注)1870年代前後に市内で黄熱病が流行し、富裕層は市内北部へ移動し、貧困層は市内南部に取り残されたという歴史があります。

<コラムニストの目 by ギジェルモ・アジェランド編集委員>

明らかに些細な日常的な事柄によって、その社会の抱える問題が表出することが多々ある。共生のルールを守らないことが安易に許されてしまう、この都市においては、盲目的に動物を愛護する住民が「野蛮人」のように振舞ったり、また犬まで一緒くたにされて北部の富裕層と南部の貧困層に区別されてしまうというのも珍しい話しではない。官僚主義、取り締まり人員の不足、飼い主の怠慢がその根底にある。「犬は飼い主に似る」と考えること自体、犬にとっては気の毒なことなのである。

ブエノスアイレス・ベルグラーノ地区の公共ドッグラン(左側の柵の中)

 

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