ある老犬との暮らし [13]お留守番
[13] お留守番 (1999年11月)
この秋、私は大学同級達と念願の還暦記念クラス会inチェンマイを楽しんで来ました。次の文は、その留守中タロの世話をしてくれた長男の嫁が書いてくれたものです。
●タロとの付き合いは、主人と結婚してからで、もう7年になる。タロは、きりりとした正統派の秋田犬とは違って、ジャニーズ系のソフトな顔立ちである。大人しくて愛嬌もあるので、どこに行っても受けがいい。もちろんI家では、トップアイドルの座に君臨している。
しかし、犬の時間は人間の何倍もの速さで過ぎて、いつのまにかタロもすっかりお爺さんになってしまった。りっぱな毛皮を着ているので一見してわからないが、背中や腰の肉は削げ落ちて触ると骨の感触が直に伝わってくる。足の踏ん張りがきかないので、倒れこむように座ると骨が床に当たる硬い音がして痛々しい。
こんな老犬タロと、お父さんとお母さんが旅行に行っている間、数日間留守番をすることになった。久しぶりに会ったタロは私のことを忘れてしまったようで素っ気無くてちょっと寂しい。お父さん達が出発した後、忠犬の誉れ高い秋田犬であるタロは門の前に座り込んで、二人の帰りを待ちつづけた。私と留守番するのが気に入らないのか、傍に近寄るとそっぽを向いてしまい、その晩のご飯もほとんど食べなかった。
ようやく家に入ったかと思うと居心地悪そうに落ち着かず、初日はなんだか気まずい雰囲気の一人と一匹だった。
●翌日の朝、寝ているタロに「散歩行こう」と声をかけたが、反応がない。以前なら「ぽ」(散歩の”ぽ”と言っただけで興奮していたのに、「さ・ん・ぽ」と繰り返しても無反応。散歩用の引き綱を持ってくるとようやく起きあがった。最初は機嫌が悪いのかと思ったが、耳が遠くなったんだなと気がついた。散歩に行くとタロの老犬ぶりは顕著になる。歩くスピードは倍ぐらい遅くなったし、おしっこの狙いは外れて自分の足にまでかけてしまう。
すれ違う犬が元気一杯飼い主を引きずり回すのを見て、なんだかタロが気の毒になってしまった。そんな私の感傷を他所に、本人(犬)は熱心に匂いを嗅ぎまわり、散歩を楽しんでいる。「帰るよ」と言っても、不満そうな顔で「まだ、まだ」と催促する。
可哀相、可哀相と他人が思うのはタロにとって余計なお世話かもしれない。昔のように体が自由にならなくても、タロはマイペースに楽しんでいるのだから、それでいいんだなと納得した。
●2日目以降、タロもようやく落ち着いたようなので、一度友達と飲みに行く事にした。驚いたことに、置いてきぼりにされるのに気がついたタロは、支度に忙しい私の後をついてまわる。長い付き合いだけれど、今まで私にこんな素振りをしたことはない。
ブラシをかけたばかりの洋服を毛だらけにされて困ったが、タロが自分を受け入れてくれたようで、すっかり気をよくしてしまった。調子にのった私は、以後タロのご飯に好物ばかりを入れたスペシャルメニューを用意して甘やかし、タロもよく食べるようになった。
こうして好調な関係のまま、留守番の最終日を迎えた。その日、朝の散歩から戻ると、ちょうどお父さん達が帰ってきたところだった。お父さん達が呼んでもタロはなかなか気づかない。数軒先ぐらいまで来てようやくお父さん達を発見したが、散歩に疲れたタロは昔のように駆け寄ることはできなかった。それでも精一杯の早足のタロを後ろから見ていたら、なんだか切なくて胸がつまってしまった。
老いたタロが哀れだったのではなくて、お父さん達とタロのつながりが深いのを改めて実感したからかもしれない。タロとのお留守番生活は、老犬らしい穏やかな対面シーンで終わりになった。お父さん達の傍らで寛ぐタロは、帰り支度の私を追いかけようとはしなかった。
なんだか残念な気もするが仕方ない。
今度会うときも元気でいて欲しい。
また長い長い散歩に付き合おうと思う。
(愛知県 T.Iさん Taro’s Home Page )